鹿児島県主催の「若手・女性農業者農業経営スキルアップ講座」という研修の運営と、経営に関する講義・演習を行いました。
若手農業者・女性農業者を対象として、組織開発・財務管理・マーケティングという経営の重要テーマを中心に学ぶ研修です。
ここでは、その研修内容をダイジェスト版にて紹介します。
講義1.経営入門
経営というと「売上を伸ばすこと」「利益を出すこと」といった数字の話を想像しがちですが、根っこにあるのは顧客や社会に対する貢献です。
つまり経営とは、「自社はどんな価値を、どんな形で提供し、誰の役に立つのか」を明確にし、それを継続的に実現していくための仕組みをつくる営みだと言えます。
経営は目的と目標を決めることから
その第一歩として重要になるのが、目的・目標の設定です。
具体的には、次の3点を言語化します。
- 誰に届けるのか(対象となる顧客・市場・利用者)
- 何を届けるのか(提供する価値・商品・サービス)
- どのように届けるのか(提供方法・強み・仕組み)
ここが曖昧なままだと、日々の意思決定が場当たり的になりやすくなります。
逆に、この3点が明確であれば、「この施策は狙う相手に合っているか?」「私たちが届けたい価値とズレていないか?」という判断軸が生まれ、経営の一貫性が高まります。


経営方針策定のためのバランストスコアカード
目標を設定したら、次に行うのが経営方針(どの方向に進むか、何を優先するか)を考えることです。
方針づくりで役に立つのが、経営全体を4つの視点から俯瞰する 「バランスト・スコアカード(BSC)」 の考え方です。
BSCは、経営を「数字」だけでなく、組織の状態や実行力まで含めて立体的に捉えるためのフレームワークです。
バランストスコアカードでは、経営を次の4つの観点で整理します。
- 財務:収益性、コスト、資金繰りなど、経営の持続性を支える視点
- 顧客:顧客満足、提供価値、認知、選ばれる理由など、市場側の視点
- 業務プロセス:業務の流れ、品質、生産性、提供体制など、実行の視点
- 学習と成長:人材育成、組織文化、仕組み化、改善力など、未来をつくる視点
ポイントは、これらがバラバラの要素ではなく、つながっているということです。
たとえば「学習と成長」で人が育ち、仕事の質が上がり「業務プロセス」が整う。
すると顧客にとっての価値が高まり「顧客」の評価が上がる。
その結果として売上や利益といった「財務」につながる――という因果の流れで捉えると、計画がぐっと実践的になります。
そして、バランストスコアカードを丁寧につくり込むと、それは単なる整理表ではなく、ほぼそのまま中長期の計画(ロードマップ)になります。
「何を目指し、どの順番で、何を整えていくのか」が4つの視点で見える化されるため、社内での共有もしやすく、施策の優先順位もつけやすくなります。
もしすぐに取り組むなら、まずは難しく考えすぎずに、次のような問いから書き出してみるのがおすすめです。
- 財務:中長期で、どんな状態を目指したいか?
- 顧客:そのために、誰にどんな価値を提供し貢献するか?
- 業務プロセス:その価値を安定して届けるために、何を実行するべきか?
- 学習と成長:それを実行できるようになるために、どのように成長するか?
経営は、思いつきのアイデア勝負というよりも、貢献を実現するための「設計」と「運用」です。
バランストスコアカードは、その設計図を描くうえでとても頼りになる道具になります。

講義2.組織づくり
経営改善とは、突き詰めれば「できないことを、できることにしていくこと」です。
売上が伸びない、採用がうまくいかない、品質が安定しない――こうした課題は、仕組みの問題でもありますが、最終的には「組織としてできること(能力・再現性)」を増やしていく取り組みです。
そこで、バランストスコアカードの4つの視点のうち、とくに「学習と成長」の観点で、自分自身も含めた組織メンバーがどう成長していくのかを描くことが重要になります。
一人ひとりの成長を計画する
中小企業や少人数のチームでは、肩書よりも、一人ひとりについて 「誰が」「何を」担うのかを明確にするのが効果的です。
同じ「営業」という肩書でも、ある人は新規開拓が得意で、別の人は既存顧客のフォローが得意かもしれません。
役割を肩書で固定してしまうと強みが活かしにくくなりますが、「この案件は誰がリードするか」「この業務は誰が責任をもつか」と個人単位で設計すると、組織の推進力が上がりやすくなります。
この「誰が何を担うか」を明確にするのと同時に、そのために具体的にどのように成長していくのかを計画することが大事です。
そのためには、人材育成の計画表をつくることが有効です。
業務の一覧をつくったうえで、その各項目について、いつどのように習得するのかを決めていきます。
これは、上司にとっては「何を、どの順番で任せるか」を整理する道具になり、部下にとっては「この会社にはどのような仕事があって、自分には何が期待されているのか」が見える道具になります。
結果として、任せ方が属人的な勘や気分に左右されにくくなり、部下側も「何を学べばよいか」が分かるため、成長の速度が上がります。
育成がうまく回り始めると、組織は自然と「できること」が増え、経営改善の土台が強化されます。
全員の能力と権限・責任を一覧にして共有する
組織全体としてもう一つ効果が高いのが、各メンバーの
- 能力(できること・得意分野)
- 権限・責任(決めてよい範囲、最終責任の所在)
を一覧にした表をつくり、共有しておくことです。
これがあると、「誰に相談すべきか」「誰が最終判断者か」「どこまで任せてよいか」が明確になり、仕事の重複や抜け漏れといったロスが減ります。
チームが拡大するほど、この見える化の効果は大きくなります。
このように、「一人ひとりの育成計画」と「全員の能力と権限・責任」という2種類の表をつくり、前者は個別面談などで、後者は全社的に共有することがお勧めです。
最初の一歩として、自社の業務を洗い出し、一覧化することから、はじめてみてください。

講義3.財務管理
財務改善を進めるうえで大切なのは、単に「売上を増やす」「経費を削る」といった感覚的な判断ではなく、管理会計の手法と考え方を使って、現状を整理し、改善のポイントを見つけることです。
管理会計は、外部向けの決算書を作るための会計(財務会計)とは違い、経営判断のために数字を使うための道具です。
難しそうに見えますが、手順を踏めば「何が課題で、何を変えれば改善するか」がはっきりします。
以下のステップを踏めば、管理会計の基礎が無理なく用意できます。
1.費用を固定費・変動費に分けて、損益分岐点をつかむ
最初に行うのは、経営改善のための分析です。
損益計算書(P/L)の各費目を、ざっくりでよいので
変動費(売上や販売数量に比例して増減する費用)
固定費(売上の増減に関わらず一定程度発生する費用)
に分類します。
たとえば、材料費や外注費は変動費になりやすく、人件費や減価償却費などは固定費になりやすい、といったイメージです(もちろん例外もありますが、最初は精密さより「分類してみること」が重要です)。
この分類ができると、次に損益分岐点(どのくらい売れば損失から利益に変わるか)を把握できます。
すると、
売上をどのくらい上げれば黒字になるのか
あるいはコストをどのくらい下げれば黒字になるのか
をシミュレーションできるようになります。


2.主要商品の原価を計算し、「利益が出る条件」を見極める
次に行うのは、主要商品の原価計算です。
ポイントは、原価を「一括でなんとなく」ではなく、変動費を一つひとつ分解して積み上げることです。
具体的には、
- 生産規模に比例して増える費用
- 販売数量に比例して増える費用
- 販売金額に比例して増える費用
といった変動費を洗い出し、それぞれの金額を確認していきます。
ここで重要なのは、厳密な実際原価を完璧に出そうとして止まらないことです。
最初は「実際の数字を完全に再現する」よりも、標準原価(「このくらいに抑えられれば利益が出るという」基準)を設定するつもりで進めるといいです。
いったん大まかに原価を表見さんソフトにて計算できたら、条件を変えてシミュレーションをしてみます。
- 設備投資をしたら原価はどう変わるか
- 販売方法を変えたら利益率はどう動くか
- 生産方法を変えたら必要な人件費や外注費はどう変わるか
といった改善策の効果を数字で予測することによって、より自信をもった経営判断や投資に結び付きます。
このようにして、利益が生まれている状態を目標として設定します。

3.収支計画をつくり、キャッシュが尽きないシナリオを用意する
「現状把握」と「目標設定」ができたら、最後にその間を計画として結んでいきます。
目標に向けて売上・変動費・固定費がどう変化していくかという損益計画(利益の計画)を描きます。
損益計画ができたら、それを収支計画(キャッシュの計画)に変換します。
ここで考えるのが、3つのキャッシュフロー(CF)です。
【営業CF】事業活動でどれだけ現金を生むか
簡易的には「純利益+減価償却費」で求めます。
【投資CF】設備投資などで現金がどれだけ出ていくか
いつ、どのくらい投資するかを計画します。
【財務CF】借入や返済など、資金調達で現金がどう動くか
営業CFと投資CFまで考えたところで、将来のある時点で現金・預金が小さくなる/マイナスになるようであれば、新規借入と返済の計画を立てて、現預金に余裕がもてるようにします。
利益が出ていてもキャッシュが足りなければ倒産してしまいます。
最後は必ず「現金が尽きない計画になっているか」を確認します。
財務に関しては、知識として読んで理解するだけでは身につきにくく、自分の数字を実際に作ってみることが必須です。
今回の研修では、上記3ステップそれぞれのために活用できるエクセルファイルを用意していました。
本ブログの読者のかたも、関心があればお問い合わせください。

講義4.マーケティング
マーケティングという言葉はいろいろな意味でつかわれることがありますが、ここでは主に以下のふたつ目的を達成するための活動だと捉えます。
- 顧客にとっての一番になること(選ばれる理由をつくる)
- 顧客に知ってもらうこと(存在を認知してもらう)
顧客ターゲット/ペルソナ
この2つをしっかり実行するための出発点が、顧客ターゲットを決めることです。
よく「ペルソナ」と言われます。
このときのポイントは、上記2つの目的のために、顧客の判断基準や情報収集の手段をイメージできるようにすることです。
そこで、顧客ターゲット(ペルソナ)は極力具体的にします。
たとえば「30代女性」とひとくくりにしても、30歳の女性と39歳の女性では、家庭環境ひとつとってもかなり違うでしょう。
「都市部在住」でも港区と札幌市では、日常的に触れる情報の媒体や内容が大きく違うと思います。
「31歳女性」とか「札幌市北区在住」といったように、極力具体的な人物像を描きます。
ペルソナが具体的になると、「この人は普段どんなことで困っていて、どんな瞬間に気持ちが沈み、どんなときに嬉しくなるか」といった、課題や感情の浮き沈みが想像できるようになります。
そのような課題はどうやったら解消されるのか、そのような課題を感じたときに顧客ターゲットはどのように情報を探すのか。
こうして顧客になりきって考えていくことで、商品づくりと認知獲得の取り組みがより具体的なものになります。

セールスの準備
マーケティングで認知がとれても、そのまま自動的に顧客になるとは限りません。
認知してくれた相手は、まだ「顧客候補」に過ぎず、そこから実際の顧客へと変えていく工程が 販売(セールス) です。
商談を成功させるためには、派手なテクニックよりも、まずは基本となるツールが整っていることが大切です。
- 名刺
- 事業紹介
- 商品紹介
といった資料があるのとないのとでは、商談の進みかたがずいぶん違うはずです。
この準備が不十分だと、せっかくの機会が「よく分からなかった」で終わってしまいがちです。
セールスレターでマーケティングからセールスまでを設計する
こうしたマーケティングからセールスまでの一連の流れを考えるうえでお勧めなのが、「セールスレター」です。
有名なセールスレターの枠組みを参考にしながら、顧客に読んでもらうためのダイレクトメールやランディングページの文章を作成します。
実際にダイレクトメールを送らないとしても、セールスレターをつくることで顧客像と提供価値が明確になり、マーケティングやセールスの方針がより説得力のある具体的なものになります。
また、顧客像と提供価値が明確になれば、それが社内の共通言語として、「自分たちはどのような商品・サービスを提供するべきか」が具体的にイメージできるようになります。
これがあるのとないのとでは、仕事へのやりがいや取り組みかたが大きく変わるでしょう。
マーケティングは、外に向けた発信であると同時に、組織の軸を揃える取り組みでもあるのです。