意思決定に数字の力を用いる
AHPという意思決定の手法があります。
以前にも少しだけですが、紹介したことがありました。
これはオペレーションズリサーチという分野の手法です。
オペレーションズリサーチとは、意思決定を数学を用いて行う分野です。
有名な例として、巡回セールスマン問題があります。
営業担当者が複数の顧客を訪問して帰社する場合に、どの順番で回るかという問題は膨大な組み合わせになります。
その中で最も効率的なルートを探すには、コンピューターを用いても計算に時間がかかる厄介な問題です。
そこで、厳密に最適解を求めるのではなく、意思決定のプロセスを簡略化する手法を考えようというのが、巡回セールスマン問題です。
AHPはこうした複雑な意思決定を支援する手法の一つで、Analytic Hierarchy Process(アナリティック・ハイアラーキー・プロセス)の略称です。
直訳すると、「分析的階層プロセス」といった感じでしょうか。
その名の通り、意思決定を階層的に行います。
この記事では、AHPの考え方を解説した上で、実践できるカスタムGPTを最後に紹介します。
やや余談ですが、なぜカスタムGPTかと言うと、最近カスタムGPTでも使用するモデルを選択できるようになったことを記念してです。
少し前まではカスタムGPTではモデルを選べず、最新モデルが使えなかったので、o4-mini-highなどの登場以来カスタムGPTから少し離れていたのですが、この問題が解決されました。
素晴らしいアップデートだと思います。
AHPの大枠
さて、AHPの考え方を大まかに説明します。
これはそのエッセンスを知るだけでも、通常の意思決定にも役立つプロセスです。
AHPに登場する要素は、目標、評価基準、代替案の3つです。
目標とは、その名の通り、意思決定によって何を達成したいのかを示すものです。
評価基準とは、その目標に近づくために考慮すべき観点のことです。
評価基準は複数あっても構いません。
むしろ、AHPでは複数の評価基準を設定することが重要です。
代替案とは、目標達成のための選択肢のことです。
あとで具体例を出すのでそれを読んでいただくとイメージを掴みやすいかと思いますが、大まかには、「代替案を評価基準に照らして比較し、最も良いと判断した代替案を選択する」のがAHPの流れです。
これだけならふつうの意思決定と同じに聞こえますが、AHPならではのポイントが2つあります。
AHPのポイント1:評価基準の重みづけ
第一に、評価基準の重み付けを行うということです。
点数をつける試験や競技では、どの項目に何点かということが決まっています。
たとえば、狭義では技術点が6割で構成点が4割といったような配分があります。
私は詳しくは知らないですが、フィギュアスケートの構成点は5つくらいの項目に分かれ、それぞれ点数の配分があって採点されるようになっているのだと思います。
こういう評価基準を設けるときの問題は、評価基準ごとの重み付けをどうするのかということです。
もう少し分かりやすい例として、入学試験をあげてみましょう。
大学入試だと色々とややこしいこともありますが、高校入試の場合、一般的には国語・数学・理科・社会・英語の5教科の点数をそれぞれ100点満点として、500点満点で点数付けをする形が一般的だと思います(私は福岡の出身で、福岡では60×5の300点満点方式でしたが)。
しかしこの5教科の重み付けが同じで本当によいのでしょうか。
たとえば、とくに数学に力を入れているようなコースなら、数学だけ200点満点にしたほうがいいかもしれません。
芸術系の高校なら、そもそも5教科以上に美術とか音楽とかのほうが重視されるでしょう。
つまり、どのような目標をもつのかによって、評価基準ごとの重み付けは変わるはずです。
AHPではこの評価基準ごとの重み付けを計算によって行います。
AHPのポイント2:一対評価
この計算をするときの考え方がAHPのポイントの二つ目なのですが、「一対評価」という考え方を用います。
仮に、「科学者を輩出したい」という高校が入学試験の評価基準、すなわち5教科の点数配分を検討したいとします。
まず目標である「科学者を輩出する」という目標に対して、適切な評価基準を考えます。
たとえば、以下のようなものがありえるでしょう。
- 高度な数学が使えるようになる
- 国際的な雑誌に論文を投稿できるようになる
- 高い情報収集・解釈の能力をもつ
- 自然科学一般に一定の教養をもつ
- 社会や人々の課題をよく理解できる
このとき、「この5個の評価基準の中でどれがどのくらい重要か」をいっぺんに考えると、なかなか頭がこんがらがってしまいます。
そこで、評価基準のうちの2つずつを順番に取り出して、「どちらがどのくらい目標に関して重要か」を評価していきます。
これが一対評価です。
余談ですが、私が一対評価と聞いて思い出すのは食味の試験です。
野菜などの育種をしているメーカーでは、50や100といったたくさんの品種の食味を評価します。
こうしたたくさんの品種を並べて全部食べ終わってから、「さてどれが一番美味しかったか?」と訊かれても、答えはよくわからないと思います。
このような試験では、標準とするものを決めておき、評価したい対象と標準とを食べ比べ、「標準に対してどのくらい美味しい/美味しくないか」といった形で比較をしていくのがオーソドックスな手法です。
このように、たくさんのものをいっぺんに評価するのは難しいので、2つずつのペアにして評価しようというのが一対評価です。
選択肢が多くて迷ったら、まずはペアにして順番に評価してみるというのは、慎重に判断をしたいときほど有効な手段になります。
AHPでは評価基準を2つずつペアとして取り出して、圧倒的に良ければ9、あからさまに良ければ7、明確な差が見られて良ければ5、どちらかといえば良いというくらいだったら3、同じくらいだったら1といったかんじで評価をします。
悪い方はこの逆数を評価点とします。
圧倒的に悪ければ1/9、といった感じです。
先ほどの高校入試の配点の話なら、「高度な数学が使えるようになる」という評価基準と「国際的な雑誌に論文を投稿できるようになる」という評価基準を比較した上で、「どちらかというと数学の方が大事だから3(反対に国際雑誌への論文投稿は1/3)」といった感じで点数をつけます。
すべての組み合わせについてこの評価を行った上で、スポーツのリーグ戦のような表を作って該当するマスに点数を入れて行きます。
そして各評価基準の総合点を幾何平均によって求めます。
評価基準AをB~Eの4つと比べて、それぞれ9、7、5、3という点数だったとしたら、(975*3)^(1/4)=5.54…という計算になります(この計算はコンピュータがやってくれます)。
こうして、評価基準の重み付けを行うわけです(正確には評価基準の重みは合計1となるように割り算をして調整します)。
評価基準に照らして代替案(選択肢)を評価する
さて、この一対評価は、次のステップである代替案ごとの評価の時にも用います。
先ほど目標に照らして評価基準を一対評価したように、今度は評価基準に照らして代替案を一対評価していきます。
たとえば「高度な数学が使えるようになる」という評価基準に照らして「国語」と「数学」を比較したら、「数学」が7(「国語」が1/7)という評価になったり、「数学」と「社会」を比較したら「数学」が9(社会が1/9)という評価になったりするでしょう。
このような一対評価をすべての代替案組み合わせについて、すべての評価基準において行っていきます。
なので、入試の点数配分の例なら、評価基準が5つ、代替案が5つあるため、評価基準ごとに代替案のペアの一対評価を10回行い、これが5つの評価基準ごとに必要なので5倍の50回、さらに最初に評価基準5つのそれぞれ同士の一対評価も行うので10回、合計60回の一対評価を行って結果を出すことになります。
代替案の一対評価では、評価基準の一対比較のときと同じように、幾何平均を計算します。
この幾何平均を合計が1になるように調整した上で、先ほど計算しておいた評価基準の重み付けと掛け合わせます。
これを5つの評価基準すべてに対して行って合計点を計算するというわけです。
AHPの全体像としては、下図のような感じです。

上手は私が適当に評価をしてみたものですが、この場合、たとえば重みづけの数値をそのまま各教科の満点として、
国語 171点
数学 227点
理科 305点
社会 144点
英語 153点
といった配点にする、といった判断がありえます(キリよく、国語150点、数学250点、理科300点、社会150点、英語150点とかでもいいでしょうが)。
なかなかややこしく感じたかもしれませんが、「評価基準の重み付けをする」ことと「一対評価を用いること」は、さまざまな判断において応用できるものなので、ぜひ覚えておいてください。
カスタムGPTへのリンクと注意点
さて最初に書いていたように、AHPを行うためのカスタムGPTを用意しています。
以下のリンクからアクセスしてください。
https://chatgpt.com/g/g-7Sg2dgckh-ahpshi-jian
注意してほしいのは、ChatGPTはときどき計算を間違えるということです。
通常のGPT-4oのようなモデルよりは、o1やo3やo4のような、しっかり推論をしてからアウトプットをするモデルのほうが間違いにくいかなと思います。
それから、このカスタムGPTでは評価基準も代替案も3つまでにしています。
このカスタムGPTを使った例は以下です。
https://chatgpt.com/share/6853d636-f8ec-800b-932a-8e380374e9d7
ただし、評価基準・代替案を3つに絞り、また、必ずしも重要でない評価基準から入れているので、上図のものとは異なる結果になっています。
このように、できるだけよい評価基準を選ぶことは、納得のいく結論をえるために大事です。
なお、今さらこれを言うのは少し気が引けるのですが、私自身はこのカスタムGPTを使っていません。
というのもAHPを行うためのExcelフォーマットを用意しているからです(上記のスクリーンショットがそれです)。
それを公開した方がいいかなとも思ったのですが、せっかくカスタムGPTでモデルを選択できるようになったので、あえてカスタムGPT版を紹介しました。
AHPは、少し面倒なプロセスだと感じるかと思いますが、一度試してみるとそのエッセンスと意義がわかると思います。
何か重大な判断をしなければならない場面になったら、この記事の内容を思い出してみてください。