この記事では、農業経営を改善するうえでのポイントとなる単収(面積あたりの収穫量)を高めるための基本を紹介します。
この記事を一通り読むと、
- 単収向上のために何を学ぶべきか
- どのようなデータを収集するべきか
- 収集したデータをどのように分析できるか
といったことの基本が分かるようにしています。
農業は生産性向上のチャンスが年に1度しかない産業で、単収向上の取り組みができるかどうかによって、そのチャンスをものにできるかどうかが決まってしまいます。
やや長い記事ですが、ぜひ根気強く取り組んでみてください。
なお、「単収」よりも「反収」という1反(≒10a)あたりの収穫量を表す言葉のほうが用いられることが多いですが、面積あたりの収量という意味ではhaあたりでも1㎡あたりでもいいので、ここではより一般的な概念である「単収」を用います。
日本の単収は伸び悩み
FAOSTAT(FAO国際連合食糧農業機関の統計データベース)を参照すると、日本の主要農作物の単収は、欧米や中国、オーストラリアなどと比べて伸びが小さいことが分かります。
https://www.fao.org/faostat/en/
以下の表は、2003年と2023年の面積あたりの収量(t/ha)と、その増加率を比較したものです。

これを見ると分かるように、日本の単収増加率は他の国と比べるとずいぶん低いです。
単収増加率が最下位の数字を赤くしていますが、ここに掲げた5品目のうち、日本のりんご、じゃがいも、大豆の増加率は6か国中最下位。
にんじんと米の増加率は最下位ではないものの、単収自体を他国と比べるとにんじんは最下位で、米もオーストラリア、アメリカ、中国より低い水準です。
日本の農業技術は高いというイメージがありますが、実は生産技術の向上という点では後れをとっているのです。
海外農業の単収はなぜ向上しているのか
日本と海外で単収の伸びに差がある原因はさまざまあると思いますが、私が以前種苗メーカーの海外営業としてさまざまな国の農業を見て回った経験からすると、技術導入への貪欲さの違いは大きいと考えています。
日本の農業生産の基本的な方法は、極端に言えば、この30年、あるいはそれ以上、ほとんど変わっていません。
最近の教科書に書かれている内容と30年前の教科書に書かれている内容は、だいたい同じなのです。
その一方で、海外では新しい技術が普及するスピードが日本よりも速いことが多いです。
ひとつの典型的な例はウルグアイだと思います。
ウルグアイは南米の中でも比較的経済的に強く、また、あまり大きな国ではないため情報の伝達も速いようです。
私がはじめてウルグアイを訪れたときに言われたことで印象的なことがあります。
そのときにはほとんどのにんじん生産者が真空播種機を使っていたのですが、その3年ほど前には、ウルグアイには真空播種機はなかったそうです。
それが、誰かが使ってみたところ播種の正確さが高まって単収も品質も向上するということが分かって、翌年には主要な生産者のほとんどが導入をはじめたとのことでした。
単収を向上するためには、新しい技術を見つけたり開発したりすることと、その技術の有用性を確認することの、二つのステップが重要です。
海外の先進的な農業法人では、大学や研究機関で収量向上の手法を学んだ技術者たちがこの役割を担っています。
企業によって違いはありますが、大規模な法人にはクロップマネージャーといった役職の人がいて、自農場への技術導入の責任を担っています。
私が種苗メーカーの海外営業として海外の農業法人を訪問するときに相手をしてくれたのも、基本的にはこうした役割の人びとでした。
彼らは貪欲に新しい技術を探していますし、毎年必ず何かしらのかたちで収量向上の試験をしています。
新技術導入には「試験」と「統計的評価」が重要
新しい技術を取り入れる際には、単純な切り替えだけでなく、試験区を設けて統計的に分析することが大切です。
このときにキーワードとなるのが「対照実験」です。
上述のクロップマネージャーたちも、こうした考え方をもとに試験を行っています。
たとえば、農業者が以下のような判断をしたとします。
「昨年は単収1.5 t/10aだったが、品種Aから品種Bに変えたら、今年の単収は1.6 t/10aだった。だから今後は品種Bを継続する。」
この判断はたしかにメリットをもたらす可能性が高いですが、しかし不安がつきまといます。
昨年と今年では、品種だけでなく、天気や病害虫など、さまざまな条件が異なっているからです。
今年の単収増加は、実は品種の能力のおかげではなく、たまたま害虫が少なかったおかげかもしれません。
実験計画法とエクセルでの分析
そこで、単収向上のためには、データに基づいた判断の質を高めていくことが大事です。
そのためにお勧めしているのが、「実験計画法を学ぶこと」と、「エクセルのデータ分析の仕方を覚えること」です。
実験計画法を用いて情報量を増やす
実験計画法という言葉は、大学で何かしら試験・実験をしたのでなければ、「はじめて聞いた」という人がほとんどではないかと思います。
これは統計学を用いるやや難しいものですが、その基本的な考え方を押さえておくだけでも、実験のやり方がうまくなります。
実験計画法の中でもよく取り上げられるのが、「実験計画法を用いると多様な因子の影響を少ない回数の実験で明らかにできる」ということです。
言いかたを変えると、「少ない実験でも多くのヒントを得られる」ということです。
たとえば、単収を向上するために、品種(昨年同様か、新品種か)、播種日(昨年同様か、早めるか)、肥料(昨年同様か、窒素を少なめにするか)の3因子をそれぞれ()内のように2水準で検討したいとします。
ふつうに考えたら、品種・播種日・肥料のそれぞれについて2パターンあるので、すべてのパターンを試験しようとしたら、2×2×2=8通りの試験をしなければなりません。
しかし、実験計画法の考え方を使うと、4通りの試験だけでこれら8通りの試験に近い品質の試験をすることができます(「新品種で早めに播種した場合に特別に生育がよくなる」といった複数の因子が絡んだ効果は見つけられない可能性がありますが)。
8区画くらいなら試験区画を設けて試験することができるかもしれませんが、7つの因子を比較するとなったらどうでしょうか。
ふつうにやれば、2の7乗なので、128通りを試さなければいけません。
これは現実的ではありません。
しかし、先ほどと同じ手法でいけば、8通りの試験でこれら128通りに近い試験をすることができるのです。
もちろん、農業には天気などのコントロールできない要素が多いので、ある程度自信をもって判断を下すには数回(数年)の試験をする必要があるでしょう。
それでも、うまく試験計画を設計すれば、同じ回数の試験でもより多くの示唆や仮説を得られるのです。
実験計画法に関心があるかたは、以下の入門書が分かりやすくてお勧めです。
大村平『実験計画と分散分析のはなし』
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エクセルの散布図とデータ分析を使いこなす
専門的な統計分析は特別なプログラムを使う必要がありますが、通常の判断に必要な分析であればエクセルでも十分にできます。
エクセルにはいろいろな機能がありますが、まずは「散布図」を使えるといいです。
たとえば、トマトの茎の太さと、その株の一定期間の収量に、以下のような関係があったとします。

この表を散布図にしてみましょう。
表を選択したうえで、「挿入」リボンから「散布図」を選択します(私のエクセルが英語設定のためスクリーンショットが分かりにくくてすみませんが……ボタンの場所などは日本語でも同じです)。

少し統計的(数学的)に評価をしようと思ったら、ここからひと手間加えます。
作成された散布図をクリックして選択し、右上に表示される「+」ボタンをクリックしてから、「近似曲線」の右側の三角をクリックし、「その他のオプション」をクリックします。

するとエクセルの画面右側で、どのような近似曲線を表示するかを指定できます。
このとき、最下部の「グラフに数式を表示する」と「グラフにR-2乗値を表示する」(赤い四角で囲った部分)を選択しておきます。

このR-2乗値というのは、ざっくりと言うとその近似曲線がどのくらい優れているかを示すものです。
0から1までの数値をとり、1に近いほど優れているということを示します。
そこで、このR-2乗値が大きくなるかどうかを見ながら、近似曲線を選びます。
初期設定では、近似曲線は「線形近似」となっています。
これは一次関数ということです。
ここから、適当に、「指数近似」や「対数近似」など他の近似曲線を選んで、R-2乗値がどうなるかを確認します。
すると、「多項式近似」が一番よさそうだと分かります。
多項式近似では次数を選べて、2であれば2次関数で、3であれば3次関数で近似することになります。

今回は2次関数で0.8968、3次関数で0.9062、4次関数で0.9102、…となりますが、あまり大きな違いはないので、分かりやすい2次関数を用いることにします。
グラフの中に先ほど数式を表示するように設定しましたが、いまこれは
y = -5.5707×2 + 110.79x + 1074.6
となっています(x2というのは「xの2乗」(xかけるx)のことです)。
数学が得意だったかたは覚えているかと思いますが、これは(近似曲線を見れば分かりますが)上に凸な二次関数で、yの値(つまり収量)が最大となるのは
x = 110.79 ÷ 5.5707 ÷ 2 ≒ 9.94
のときです。
つまり、今回の結果では、茎が約9.9mmのときに収量が最大になりそうだ、ということがわかったわけです(念のためですが、この表は適当につくったもので実際の試験データではありません)。
肥料などの材料投入の費用対効果や、播種日・収穫日が単収に及ぼす影響も、同じく上に凸な二次関数で近似できるものになる可能性が高いです。
肥料の投入量が単収に及ぼす影響は、対数関数のようになるかもしれません。
このように、いろいろな関数での近似が考えられますが、いちど関数で精度のよい近似ができたなら、どのような条件にすれば一番よさそうなのかを数字ではじき出すことができます。
少し練習すれば使いこなせると思いますので、ぜひ試してみてください。
もう一つのお勧めの機能「データ分析」については、ボリュームが多くなるので、またあらためて紹介します。
まずは手持ちのデータを探すことから
さて、このようなデータ分析は、そもそもデータがなければ実行できません。
そのため、よりよい判断をしようと思ったら、データを収集するところからはじめる必要があります。
ただし、よくよく探してみると、意外にいろいろなデータが利用できることに気づくと思います。
たとえば単収のデータをとっていなかったとしても、売上金額と単価の情報があれば、その年の大体の生産量が分かるはずです。
これを、その年の生産面積で割れば、単収が出ます。
作業日誌があれば、どの作業をいつごろしたか、何回したかといったことが分かります。
こうした日付や回数といったデータも分析に使えます。
あるいは、気象庁のデータベースから過去の降水量などのデータを引っ張ってきたら、それも単収と組み合わせることで分析の材料になります。
まずは手持ちのデータを洗い出すところから始めてみてください。
そのうえで、データを収集していこうとするのであれば、ある程度費用対効果を考える必要があります。
データの収集にはキリがないので、あらゆる情報を収集しようとするといくら時間があっても足りなくなるからです。
そこで、単収などの経営に密接に結びつく数字への影響が大きい(と推測される)要素を選んだうえで、試験をしたりデータを収集したりしていきます。
単収向上に寄与する要素としては、たとえば以下のようなものがあります(降水量や日照時間などのコントロールできず試験の変数にできないものは除いています)。
- 品種
- 土壌
- 肥料
- 水管理
- 防除
- 栽培時期
これらのほかにも、果樹などの仕立て方や、バイオスティミュラントやホルモンといった資材の影響もあるでしょう。
これらの中から、自身の経営への影響が大きいと思われるものをピックアップしてみてください。
どれから取り組むべきか判断が難しいようでしたら、とりあえず「品種」から試験をはじめることをお勧めします。
同じ「犬」と言ってもシベリアンハスキーがいればポメラニアンもいます。
ポメラニアンをがんばって育ててシベリアンハスキーよりも速くあるいは強くしようと思っても、無理でしょう。
もともと種苗メーカーにいたからということもありますが、品種はかなりクリティカルな影響を与えると考えています。
また、どのくらいの単位でデータを収集するのか、ということもポイントです。
一般的には圃場ごと(1筆ごと)にデータを収集することが多いでしょうが、圃場数が少ない場合はより小さな区画に区切って試験やデータ収集することが必要になります。
基本的には、どの要素の影響を評価したいのかによって、どのくらいの単位でデータを収集するべきかが変わります。
たとえば、仕立て方の違いによる影響を評価したいなら、ものによりますが5本から20本くらいを試験対象にすることになると思います。
しかし潅水量の違いによる影響を評価したいなら、潅水量を変えられる規模を単位とするしかありません。
もしジョウロで潅水するならかなり小さい面積を1単位とできるでしょうが、施設で自動潅水の場合は、同じ潅水の制御系統の範囲内で潅水量に違いを出すことは困難です。
このように、どの要素を評価するのかによって、適切な試験区画を判断してください。
まとめ
ここまで述べてきたように、「単収に影響がありそうな要素」を選び、「その要素に関する試験とデータ収集」を行い、「エクセル(散布図)を用いた分析」を行えば、単収向上に向けて、たくさんのヒントが得られるはずです。
少しハードルが高く感じるかもしれませんが、一つひとつのステップは決して難しくありません。
まずは単収を増やすためのアイディアを出すところから、一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。