目標を描こう:一茎農業経営入門2

今日から、経営者としての新しいスタートを切るために

前のページでは、財務指標や強み・地域環境の分析を通じて、現在の自分の経営を評価しました。しかし、実はこの段階では、まだ経営のスタートラインにも立っていないかもしれません。どういうことだと疑問に思われるでしょうが、理由を説明するために、このページではそもそも「経営とは何か」という問いからはじめていこうと思います。

経営は本来、目的や目的とは切っても切り離せないもののはずです。経営分析や経営診断というのは、基本的には経営が発展的・持続的かどうかを評価するもの。もし問題があれば、診断の結果をもとに改善を試みます。それはちょうど、病気を治すようなもの。マイナスをゼロに引き上げることです。

これに対し、目標を掲げ、そこに進むことは、プラスを目指すこと。ここにこそ経営の醍醐味があると思います。


目次

経営ってなに?

目標を描く前に、考えてみてください。そもそも経営とは何でしょうか? この問いに答えられないとしたら、自分がやっていることが経営であるのかどうか、自信をもてないでしょう。

「農業を続けること」「よい農産物をつくること」——そう答えるかたも多いと思います。そして、それは間違いではありません。間違いではありませんが、何かしら大事なものが欠けてしまっていると思います。

経営の本質を探るために、問いを深めていきましょう。辞書的には、経営とは事業を営むことです。それでは、事業を営むとはどういうことでしょうか?

仕事柄、事業がうまくいかずに困っている事業者さんと出会うことがたくさんあります。そうしたかたの立場で見てみます。毎日、早朝から畑に出て、収穫をして、出荷をする。午後はまた畑に出て、除草をする。防除をする。収量が多ければ嬉しいけれど、必ずしもうまくいくとは限らない。豊作でも、相場が下がってかえって損をすることもある。帰宅して家計のことを考えると、今月もあまり余裕がない。こんなに働いているのになぜだろう。

日本では、農業をしていて破産をするということがほとんどありません。ほかの産業に比べれば、考えられないほど厚い補助や支援策があります。それでも、上記のような農業は、事業としての持続性があまり高いとは言えなそうです。

事業が成り立つのはなぜでしょうか?

山や海にでも行かない限り、見回せば、視界には必ず何かしらの事業と関わるものがあるでしょう。あなたの所有物のほとんども、事業に由来するもののはずです。このウェブサイトを読むために使っているスマートフォンやパソコン。手元にあるカップやその中の飲料。椅子、テーブル。着ている服。

事業というのは、私たちの身近にあるものです。

こうしたものの中にも、事業としてうまくいっているものもあれば、そうでないものもあるでしょう。ただ、多くの人の身の回りにあるものは、どちらかと言ったらうまくいっているもののほうが多いはずです。たとえばスマートフォンは、いわゆるガラケーやパソコンやカメラや地図などといった、用途が多少なりとも重なる商品に比べれば、圧倒的に身近なものになりました。あるいは、同じスマートフォンでも、たくさんのメーカーがある中で、シェアをもっているのはごく少数のトップブランドだけです。

それでは、あなたはなぜ、こうしたものを所有していますか?

きっと次のような理由ではないでしょうか。それが必要だから。それが役に立つから。それが欲しいから。

経営とは価値提供

ここに経営の本質があると思います。経営とは、顧客に価値を届けることです。誰かの役に立つことです。

お客さんがあなたの農産物を買うのは、食卓に彩りを加えたり、体の健康に役立ったり、地域の農業を応援したいという思いがあったりするからです。何かしらの「価値」を感じてくれているからです。

事業が成り立つのは売上が立つからですが、売上が立つのは、顧客が価値を感じているからです。

この順序を理解することは、非常に大事です。売上や利益はあなたの目的ではなく、顧客に価値を届けた結果として生まれるものです。「利益を増やしたい」という気持ちはもっともですが、それを目的に置いてしまうと、「どんな価値を誰に届けるか」という本質の問いから離れていきやすくなります。

あなたは誰にどんな価値を届けるのか?

「経営とは価値提供だ」という話をすると、「それは分かるけれど、うちはただ農産物を出荷しているだけで……」という反応を受けることがあります。しかし、農業経営において「誰に・どんな価値を届けるか」という問いへの答えを意識しているかどうかは、経営の安定に大きく影響します。

私はこれまで多くの農業経営者と出会う中で、うまくいく農業経営の特徴がさまざまにあることを見てきました。その特徴の中でも多くの経営者に共通しているのは、自ら販路をつくっているということです。もちろん、全量市場出荷や農協出荷であっても、しっかり利益を残している農家・農業法人はたくさんあります。しかし、うまくいっている農業者の割合は、販路をもっている農業者のほうが圧倒的に高いです。

これは、考えてみれば当たり前のことです。農業以外の業界を考えてみてください。たとえば農業に近い、青果流通、食品加工、飲食店、小売店。これらの業界であなたが起業するとします。何が成否を分けるものになりそうでしょうか。

「お客さんを見つけること」だと思いませんか?

ふだんの生活の中でも、「この事業はうまくいってなさそう」と思うのは、閑古鳥が鳴いているお店を目にしたときでしょう。

顧客がいなければ、売上が立ちません。顧客を見つけるということが、事業のスタート地点に立つことなのです。

農業の場合は農協や市場といった優れた仕組みによって、販路をもっていなくても「売上が立たない」という事態は基本的には起こりません。しかし、農協出荷や市場の単価は相対的に低いのがふつうですし、相場によって収入が大きく左右されます。農業でも、販路をもっているほうが有利なのです。経営の本質が価値提供である以上、より大きな価値を感じてくれる相手を探すという顧客開拓は、経営の改善に結びつくはずです。

それに、農業でも、顧客開拓が決定的に重要なものもあります。たとえば人工光型の植物工場。大規模な植物工場が乱立した時期がありましたが、そのほとんどが失敗しました。植物工場産の野菜は原価が高く、市場出荷では採算が合いません。「多少高くても植物工場産の野菜を買いたい」という顧客を見つけられなければ、どこにも売ることができず、収入をえられないのです。植物工場を建設するために市中銀行からお金を借りようと思ったら、「販路はあるのですか?」と質問されるはずです。見込み顧客のリストなど、説得力のある資料を示すことができなければ、融資は受けられないでしょう。

今は建築資材が高騰しています。人工光型の植物工場だけでなく、通常の施設園芸でも、新しく建設した施設ではふつうに農業生産をしているだけでは投資回収が危うくなってきています。

「誰に・どんな価値を」という問いは、経営の本質であり、あらゆる経営判断の根拠になります。ぜひ一度、この問いに対する自身の答えを考えてみてください。

不満に根差した事業はうまくいく

この「誰に・どんな価値を」という経営の本質は、経営理念と直結します。

経営者であれば、他の立場ではできないやりかたで世の中に価値を提供していきたいものです。他の事業者とまったく同じ価値提供だとしたら、あなたが独自に経営をする意義が薄れてしまいます。「なぜ経営するのか」というそもそもの理由、経営理念を考えることと、「誰に・どんな価値を」という価値提供を考えることは、非常に近いことなのです。

そこで、価値提供を考えるために、そもそもなぜ他の誰でもないあなたが経営をするべきなのかという、より根本的な問いに取り組んでみましょう。

より具体的には次の節でMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)という形で整理していきますが、最初に取り組んでほしいのは、過去を振り返ることです。前回のページで内部環境分析として自身や自農園の過去を振り返るというワークを紹介しましたが、この、もっとプライベートなバージョンとして、自身の印象に残っている、感情を大きくゆすぶられたような個人的な遍歴を振り返ってみるのです。そこに、あなたが経営をする動機が見つかれば最高です。

このとき、嬉しかったことややりがいを感じたことから考えるかたが多いかもしれません。もし、その経験が強い原動力になり、社会をより幸福にしていくのであれば、それは素敵なことです。しかし、実際には、これはうまくいかないことが多いです。嬉しいことや楽しいことはみなやりたがるので、競合が多く、すでに価値が完成されていて新たな価値を提供することが難しいからです。

ふつうの小学校を想像してみてください。算数や社会は、勉強したがる子どもが少ないものです。もし一念発起して頑張れば、クラスで1番は難しくても、2番か3番くらいにはなれるかもしれません。しかし、体育はどうでしょう? サッカーや野球は、嫌いな人は嫌いですが、好きな子は休み時間にもずっとやっています。一念発起して頑張っても、競争が激しいので、もともとこうしたスポーツが好きな人よりうまくなることは難しいものです。

そこで、事業の起点としてより強力なものとして、自身の「不満」を振り返ることをお勧めします。

自分がこれまで感じてきた「不満」「不便」「不安」——こうしたマイナスの感情の根っこには、いま世の中にある価値では解決できない問題が潜んでいるかもしれません。あなたが困ったことは、同じように困っている人が世の中に必ずいます。だから、その不満を解消する事業は、本物のニーズに応えられる可能性が高いのです。

もう一つ大事なことがあります。自分自身が切実に感じた不満を起点にしているから、モチベーションが持続しやすい、ということです。「好き」から始まった事業は、うまくいかないとしてもマイナスではないので、うまくいかなければやめてしまえばいいという発想になりやすいです。一方、「この不満をなくしたい」というマイナスから出発した事業は、そのマイナスがある限り、うまくいかない局面でも「やらなければいけない理由」が存在し続けます。

自分の人生を振り返り、「嫌だった経験」「悔しかった経験」「変えたいと思ってきた現実」を書き出してみてください。そこに、あなたの経営の本質的な目的が眠っているかもしれません。


MVVを描く

「なぜ経営するのか」が見えてきたら、それを「誰に・どんな価値を」というより具体的な目的に落とし込みます。そのための枠組みの一つがMVVです。MVVとは、Mission(ミッション・使命)・Vision(ビジョン・将来像)・Value(バリュー・価値観)の頭文字をとったもの。この3つが明確になると、日々の判断・組織の行動・対外的なブランドに一貫性が生まれます。あなたの経営と他の人の経営との違いが明確になります。

MVVをつくる順番としては、ミッション→ビジョン→バリューという順番が一般的です。ただし、この順番はこの3要素をそれぞれどのように捉えるのかによって変わります。ここでは、バリュー→ビジョン→ミッションという順番でつくるステップを紹介します。これは一般的なやりかたではありません。このような順番を勧めているのは「バリュー」の位置づけが一般的なMVVの捉えかたと少し違うからです。順番に説明します。

バリュー:あなたにとって大切なものは?

バリューは、一般的な経営の本には行動指針のようなものとして描かれていることが多いです。たとえば「常に顧客のことを意識して行動する」とか「整理整頓を徹底する」といったような期待される「行為」を、リストとして提示するものが多いです。そのため、ふつうは最後に考えます。

こうした行動指針としてのバリューは、英語ではValuesと複数形で表示します。

しかし、個人的には、バリューという言葉の本来の意味、価値という意味の複数形でないValueのほうが大事だし、この意味のバリューはミッションという言葉にもビジョンという言葉にも含まれていないと思うのです。どんなミッションやビジョンにも、「なぜそれらが大事なのか」という理由である価値が、その背景にあるべきです。

「行為」としてのバリュー(Values)ではなく、「価値」としてのバリュー(Value)を明確にするべきだと思います。行為としてのバリューは、どうしても、ミッションより小さなもの、ミッションの焼き直しになってしまいます。ミッションというのは「行為」です。ミッションもバリューも行為とするよりは、バリューを価値として考えるほうが、バランスがよいです。

だから、ここで言うバリューとは、経営においてもっとも大事にしている価値のことです。あるいは、人生においてもっとも大事にしている価値と言ってもいいでしょう。そのくらいの根源的な価値を探してみてください。

ビジョン:あなたはどんな社会を実現したいのか?

ビジョンという言葉も、企業によって大きく2種類の捉えかたに分かれるようです。ビジョンを「自分たちのありたい状態」だとする捉えかたと、ビジョンを「顧客や社会にもたらすべき状態」だとする捉えかたの2種類です。どちらも「目標とする姿」という点では同じなのですが、「誰の」姿なのかという点が異なっているわけです。

ここでは、ビジョンは「顧客や社会」といった、広い範囲で考えます。ただし、その中には「自分たち」も含めてよいと思います。自分たちも含めた世の中をどのようにしたいのか、という「理想」がビジョンです。

バリューが根本的な価値観なら、ビジョンは「それを具現化した世界」を描いたものです。

たとえば「信頼」をバリューとしたときには、自分たちと顧客や地域の人びとの間に強い連帯がある状態をビジョンとして描けるかもしれません。あるいは「食料安全保障」をバリューにしたなら、地域から、日本から、あるいは世界から、飢餓がなくなった状態をビジョンとするかもしれません。

このように、あなたが考える幸福を実現した状態を、あるいは、不幸を撲滅した状態を、端的に描いてみてください。

なお、ビジョンはこのページのテーマである「目標」と非常に近いものです。ビジョンが「実現したかどうか」誰の目にも明らかなくらいに具体的になると、それは目標と言えると思います。この意味で、ビジョンは、それこそその言葉が意味する通り、目に見える絵のようにはっきりと描けるとよいです。

ミッション:あなたは経営を通して何をするのか?

ミッションとは使命のこと、つまり成し遂げたい「行為」のことです。経営におけるミッションとは、つまり、経営によって何をするのかということです。

バリューという「価値」をもとにビジョンという「理想」を描いたなら、その理想の実現のために何かしらの「行為」を起こすべきです。この「行為」がミッションです。一つのビジョンでも、その実現のための行為としてのミッションはさまざまにありえます

「自分たちと顧客や地域の人びとの間に強い連帯がある状態」をビジョンとするなら、これを実現するためのミッションとして、「農業を通して地域の人びとに心の豊かさを提供する」というものもありえれば、「美しい田園風景の維持と向上によって地域の人びとの交流を促進する」というものもありえるでしょう。ビジョンを実現する上でのさまざまな課題や方策のうち、どれにどのように取り組むのか、というスタンスを示すのがミッションです。

ミッションが分かりにくければ、「「誰に・どんな価値を」という問いへの答え」だと考えてください。これが、あなたにとって大切な価値(バリュー)および理想(ビジョン)に紐づいたものであれば、そのミッションはあなたにとって意義あるものでしょう。ここまで来れば、あなたが経営をする意義も明確になるはずです。


所得・利益の目標を設定する

ここまで「なぜ経営するのか」という、人生の意義づけともかかわるくらいの大きな目的から、経営の枠組みを考えてきました。こうした目的の一方で、経営において避けては通れない「数字」のことも考えることが必要です。どんなに崇高なMVVがあっても、事業として成り立たなければ続けることができません。

お金の話は嫌いだというかたも一定数いらっしゃると思います。本当に世の中の役に立つことだからと取り組もうとしているのに、それを売上や利益といったものと絡めて考えようとすると、なんだか後ろめたいように感じられるかもしれません。お金は目的ではないのに、お金が目的のように思われてくるかもしれません。

しかし、経営を世の中への価値提供だと捉えるなら、事情が変わります。莫大な売上や利益を上げている事業は、その分、世の中に価値を提供しているはずです。価値があると感じる人がたくさんいるからこそ、お金が支払われるのです。逆に、どんなに崇高な理念を掲げても、その事業が提供する商品やサービスに価値を感じる人がいなければ、売上は生まれません。同じ目的のもとで事業をするなら、しっかりお金を稼げる事業のほうが、世の中に貢献していると言えると思います。ぜひ、十分すぎるくらいに利益を生むような事業を構想してください。本当に十分すぎる利益が生まれたら、それをもとに、さらに世の中に貢献する事業を行ってください。

それから、「数字」というのはお金には限りません。数字とは、経営の持続性、発展性を確認し計画するための客観的な装置です。面積や収量や労働力など、さまざまなものを数字で表現することにより、計算が可能になります。計算ができると、計画ができます。数字がない計画は信用できません。

MVVという「目的」と、それを具体化した数字による「目標」が揃って初めて、経営計画の骨格ができます。

所得目標と利益目標の決めかた

さて、お金の目標を設定しようと思ってもどうすればよいか、迷うかたは多いです。まずは所得と利益から考えてみてください。数字には互いに関連があり、計算ができるものなので、一つの目標があれば、その他の数値目標もおのずと決まってきます。その出発点としては、生きていくために、事業が持続するために、必要な所得や利益の金額が適切です。

所得目標(個人農家)・役員報酬の目標(農業法人):自分と家族が生活するうえで「これだけは必要だ」という金額から考えます。生活費・税金・年金などの支出を積み上げると、「最低限これだけ必要」という数字が見えてきます。

利益目標:事業を維持・成長させるために「これだけは内部に残したい」という金額から考えます。設備投資の原資や借入の返済、緊急時の備えとして確保しておきたい金額を目標として設定します。

このとき、あまり細かい計算は必要ありません。生活費や経費を一つひとつ細かく積み上げてぎりぎりを狙うよりは、「これくらいあれば絶対大丈夫」というくらいの大きめの数字を設定しておくとよいです。利益や所得以外の数字についてはビジネスモデルの設計や損益モデルの計算(ページ3・9)のときに考えますので、この段階では具体的な目標がなくても大丈夫です。まずは所得と利益の数字だけ、設定してみてください。

目標達成の時間軸を決める

目標には「いつまでに」という時間軸が不可欠です。「所得○万円を確保する」とか「利益を○万円残す」といった目標は、「3年後に達成する」という期日があることで初めて、「そのために今日これをしよう」具体的な行動の出発点になります。

時間軸の目安として、経営目標は「3年後から5年後」から始めることをお勧めします。これは、短すぎず長すぎず、変化の手応えを感じながら計画を立てられる期間です。少し先の目標が明確になれば、「1年後にどの状態にあればよいか」という逆算が自然にできます。

なお、収支計画などの詳細な中長期の数値計画は、財務管理(ページ9)で改めてとりくみます。このページではまず、「3年後から5年後にどのような経営状態を実現したいか」という大きな目標を設定することに集中してください。目的(MVV)と目標(数字)の両方を言語化できたとき、あなたの農業経営の方向性は一段と明確になるはずです。


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