計画を立てよう②:生産性改善

生産性の改善は農業経営の改善の基本

前のページでは、顧客開拓の計画を扱いました。誰にどんな価値を届け、どのように知ってもらい、どのように商談をするかを考えました。顧客開拓は経営の安定と発展のための重要テーマです。

ただし、顧客と契約を取り交わすだけでは駄目です。約束をしたら、守らなくてはなりません。そのためには、商品を確実につくり、届けるというプロセスが必須です。

飲食店に「安定して納品できます」と約束するなら、安定して納品できる生産体制が必要です。子育て世帯に「安心して食べられます」と伝えるなら、栽培履歴や品質のばらつきを管理できなければなりません。贈答用に「見た目がきれいです」と売るなら、外観や包装にこだわり洗練する必要があります。

それに、売上を増やすことだけでは経営はうまくいきません。農業のようなものづくりの仕事では、どれだけ顧客が求めるものをつくれたとしても、生産にコストをかけすぎたら利益が残りません。常によりよい生産工程を追究する姿勢が重要です。

経営の中で販売と生産を切り離してしまうと、マーケティングではよいことを言っているのに、実際の出荷では欠品する、規格がそろわない、納期が守れない、といったことが起こります。すると、せっかく構築した顧客との関係はすぐに途絶えてしまいます。

そうならないように、このページでは生産性改善を取り上げます。生産性改善とは、同じ労力や費用でより多くの価値を生むこと、あるいは同じ価値をより少ない労力や費用で生むことです。単に安くつくるという意味ではありません。顧客に届ける価値を維持し、さらには高めながら、収量、品質、作業時間、ロス、コストを改善していくことです。

ページ4で見たバランストスコアカード(BSC)で言えば、このページは主に「業務プロセスの視点」を具体化する内容です。ページ5で考えた顧客開拓の計画に書かれた価値を、いかに効率よく生産するかを考えます。また、財務の視点でのコストの目標とも直接につながるものです。


目次

品質管理で改善の大枠をつかむ

生産性改善というと、まず機械を買う、作業を急ぐ、人を増やす、といった手段を思い浮かべるかもしれません。しかし、すぐに思いつく策や流行の方法は、顧客価値やコスト削減のための最善の手段とは限りません。まずは生産性を改善するための基本的な考えかたや枠組みといった、全体像を押さえることが大事です。

そのために役立つのが品質管理の知識です。

品質管理と聞くと検品やクレーム予防といったことを連想するかもしれません。しかし、ものづくりの世界での品質管理はもっと広いもので、品質の安定や向上のためのあらゆる取り組みを指します。試しに書店で品質管理に関する本をパラパラと眺めてみてください。多様な手法が掲載されているはずです。そうした知見は農業にも活かせるものです。

製造業に学べ:生産性改善はものづくりの基本

農業は自然を相手にする仕事です。天候、土壌、病害虫、地域条件など、自分では完全にコントロールできない要素がたくさんあります。そのため、「製造業の考えかたを農業にそのまま持ち込むのは無理だ」と感じるかたもいるでしょう。

それは確かにその通りです。農業は工場ではありません。工場のように温度、湿度、材料、作業時間を完全にそろえることはできません。予測やコントロールが困難な要素が多いという点で、農業の品質管理には製造業の品質管理よりも難しいところがあります。

しかし、だからといって品質管理をしなくてもいいとはなりません。むしろ、適切な品質管理によって、経営のリスクを減らしていくべきです。

自分で変えられない条件があるなら、まずは自分で変えられる条件に取り組みましょう。品種、播種日、定植日、施肥量、防除のタイミング、収穫基準、選別基準、出荷作業の手順など、自分たちで決められることはたくさんあるはずです。そうした要素については品質管理の知見は非常に有用です。

たとえば、飲食店向けのトマトを出荷しているとします。顧客から「味はよいが、サイズのばらつきが大きくてメニューに使いにくい」と言われたとします。このとき、「農産物だからばらつくのはしかたない」と考えることもできます。しかし、それだけでは顧客価値は高まりません。

このとき、品質管理のうち統計的な分析や管理図といった手法を知っていれば、それはそのまま農業に応用できます。このページでは、品質管理のすべてをお伝えすることはできませんが、活用しやすい入門的な内容に絞って紹介します。

QCストーリーは改善計画の基本フレームワーク

まず、枠組みの話をしましょう。品質管理には、QCストーリーと呼ばれる問題解決の基本的な流れがあります。QCはQuality Controlの略で、品質管理という意味です。QCストーリーは、品質や業務の問題に対処するための改善のステップをまとめたものです。

QCストーリーでは、次の順番で考えます(実際にはいろいろなバージョンがあり、以下は一例です)。

手順内容
1. テーマの選定何を改善するか決める調製作業の時間を短縮する
2. 現状の把握問題を数字で見る1箱あたり平均6分かかっている
3. 目標の設定どこまで改善するか決める1箱あたり平均4分30秒にする
4. 要因の解析なぜ問題が起きているか考える効率が低い人は迷って手が止まっている時間が長い
5. 対策の立案と実施原因に合わせて直す迷ったら捨てず、責任者が最終チェック
6. 効果の確認改善前後を比べる1箱あたり4分40秒になった
7. 標準化と管理の定着うまくいったやりかたに揃える最終チェックできる人材を増やす

QCストーリーに沿って進めるのは時間がかかって面倒だと思うかもしれません。しかし、我流では手戻りが発生しやすいものです。少し遠回りに感じても、QCストーリーに沿って順番に取り組むことが、改善のコツです。

それに、標準的な方法としてQCストーリーを採用し、全員がそれに慣れていけば、一人ひとりがいま何に取り組んでいるのか、次に何をすべきなのかが分かるようになるため、組織として改善を進めやすくなります。生産性の改善は、現場で行われるもの。全員が一斉に取り組めることが、成功の条件です。

QCストーリー

品質管理の主な領域

農業の品質管理の主要な領域として、たとえば以下のようなものがあります。

領域見るもの改善項目の例
収量反収、株あたり収量、圃場ごとの収量品種、作型、施肥、潅水、防除
品質サイズ、形、色、傷、腐敗、食味、日もち、ばらつき品種、作型、施肥、潅水、防除、収穫、調製
作業作業時間、作業効率、ミス役割分担、動作、手順、動線、配置
ロス病害、虫害、鳥獣害、傷、腐敗、規格外、売れ残り、計量ロス防除、選別基準、販売計画
コスト材料費、労務費、減価償却費、動力光熱費、資材費、外注費投入量、材料・資材、設備投資、外注

こうした項目はいずれも大事ですが、すべてを同時に改善しようとすると中途半端になります。ページ5の顧客開拓で「すべての顧客を同時に狙わない」と説明したのと同じです。生産性改善でも、まず重点を絞る必要があります。

重点を絞るときは、次の2つを見てください。

  • 顧客価値への影響:顧客が選ぶ理由を強くするか/コスト削減策の場合は少なくとも最低限の顧客価値を維持できるか
  • 財務への影響:売上、限界利益、固定費、現金の流れをどのくらい変えるか

後者について。生産性改善に取り組むときには、ページ3で紹介した損益モデルを用意しておくことが必須です。数字の見通しがない改善は、実行したとしても大して利益に貢献しないかもしれません。同じ100時間を費やすなら、10万円の効果がある取り組みよりは、100万円の効果がある取り組みを選びたいものです。時間という貴重な資源を無駄にしないように、必ず利益の計算をしてください。簡単な方法を後ほど説明します。


問題解決のステップ

ここからは、問題解決の具体的なステップを見ていきます。

生産現場の問題は、販路開拓の問題や組織の問題に比べて目に見えやすいものです。収量が少ない。作業が遅い。規格外が多い。欠品が起きる。スタッフによって仕上がりが違う。道具がよくなくなる。こうした問題のひとつやふたつは、誰にでも覚えがあるものでしょう。

しかし、問題が目に見えたからといって、問題が見えた順番にすべてに手をつけていると、先ほど言ったように効率的ではありません。そこで、まず問題の大きさを数字で見積もり、次に原因を整理し、最後に解決策を考える、というステップを踏みます。

損益モデルから問題の大きさを見積もる

QCストーリーの第1は「テーマの選定」でした。筋の悪いテーマを選んでしまうと、その後の取り組みが意味のないものになりかねません。最初が肝心です。

筋のよいテーマを選ぶには、多少の分析が必要です。QCストーリーのステップ2「現状の把握」と3「目標の設定」を並行して進めることになります。

まず、ページ3で扱った損益モデルを使って、問題の大きさを数字で評価します。

具体的な例で考えてみましょう。ミニトマトを年間1万パック販売しているとします。1パック500円で、変動費が300円、限界利益は差し引き200円だとします。

このとき、規格外や廃棄によって販売できないパックが年間1,000パックあるとします。仮に、改善によって、その半分の500パックを販売できるようになるとしましょう。

1パックあたりの限界利益が200円なので、500パック分の限界利益は100,000円になります。年間10万円の改善です。

もしこの改善に追加の投資などのコストがかかるなら、その分は差し引く必要があります。しかし、いまは筋のいい改善を見つけることが目的なので、ざっくりとした計算で十分です。

別の例も考えてみます。調製作業に年間1,000時間かかっていて、作業改善によって10%短縮できるとします。削減時間は100時間です。1時間あたりの人件費を1,200円と見れば、12万円分の効果です。もちろん、効率を高められるからといって従業員に「明日から来ないでください」と言うわけではないので、実際の効果としては、「同じ人件費でもより多くの面積や量をこなせるようになる」と考えたほうがいいです。ただ、ここでは比較の簡単さを優先して、単純にコストが減るとします。

この2つを比べてみましょう。

改善テーマ現状改善後年間効果
規格外ロス削減1,000パック廃棄500パック廃棄10万円
調製作業短縮1,000時間900時間12万円
テーマごとの見込み改善額

シンプルに考えるなら、調製作業短縮のほうがやや金額が大きいのでこちらを選ぶ、という判断になります。もう少し深く考えるなら、それぞれの取り組みの難易度を考慮してもよいでしょう。もし調製作業短縮のほうが簡単そうなら、なおさらそれに取り組むべきです。しかし調製作業短縮のほうが難しそうなら、話は少しややこしくなります。どのくらいの確率でどのくらいの効果を実現できそうかを考えたうえで、どちらに取り組むのか決めることになります。

今回は例なので2つのテーマだけを出しましたが、実際の改善検討ではたくさんのテーマ案が出てくると思います。そのすべての効果を計算するのは大変かもしれませんが、一度エクセルで現状の損益モデルをつくっておけば、その一部を変えるだけでシミュレーションができます。

よいテーマを選ぶことは、生産性を改善するために必須です。もしまだ損益モデルを作成していなければ、まずはごく簡単なものでも構わないので、ぜひ取り組んでみてください。

問題の原因を分析するためのロジックツリーと4M

ここまでで、改善のテーマ(1)が決まり、現状把握(2)と目標設定(3)ができたとします。問題の大きさが数字として見えたら、次はその問題の原因を考えます。

ここで役立つのが、ロジックツリーと4Mです。

ロジックツリーとは、一つの問題を考えうる複数の原因に分解し、さらにそれらの原因を複数の原因に分解し、さらに……と原因を追究していく分析方法です。もっと簡単に言うと、ひたすら「なぜ」を繰り返す方法です。

たとえば、「調製作業に時間がかかる」という問題なら、次のような原因に分けられます。

  • 作業そのものに時間がかかる
  • 作業の準備や片付けに時間がかかる

「作業そのものに時間がかかる」という問題の原因は、たとえば以下のようなものがあるかもしれません。

  • 新しいメンバーが作業に慣れていない
  • 人によって手順が違う
  • サイズが小さい青果は作業がしにくい
  • 機械のトラブルが発生すると作業が止まる

「新しいメンバーが作業に慣れていない」という問題も、その原因をさらに探っていけると思います。

このように問題の原因を探っていくと、解決の難度が下がります。

「調製作業に時間がかかる」というのはちょっと大きな問題で、さまざまな要因が関係していて、改善の方法が分かりません。現場改善のプロならどういう対策をすべきかパッと見極められるかもしれませんが、それができないから問題となっているのです。

「調製作業に時間がかかる」と分かっているけれども改善できないのであれば、その問題を解決可能なくらいに簡単な問題に分解していかなければなりません。「新しいメンバーが作業に慣れていない」という原因を解決しても「調製作業に時間がかかる」という問題を完全に解決することはできないかもしれませんが、「新しいメンバーが作業に慣れていない」という問題のほうが「調製作業に時間がかかる」という問題よりは解決しやすいと思います。

このように、大きな問題を、解決できるくらいに小さい問題へと還元することが、ロジックツリーの意義です。

ただし、問題の原因を考え出すのにもコツが必要です。それができれば苦労しない、と思われるかもしれません。何かしら、原因を見つけやすくするためのヒントが欲しいところです。そのヒントが、4Mという枠組みです。

4Mとは、問題の原因を以下の4つの軸で見る方法です。先ほどの「作業そのものに時間がかかる」という問題の原因も、この枠組みを意識して出しました。

4M意味農業で見るもの
Man経験、適性、人数、体調、モチベーション、人間関係
Method方法手順、配置、タイミング、基準、情報共有
Material材料種苗、肥料、農薬、資材、農産物
Machine機械農機、設備、道具、環境

たとえば、「選別ミスが多い」という問題があるとします。人の注意力だけの問題に見えるかもしれません。しかし4Mで見ると、別の原因も見えてきます。

  • Man:新人が多く、規格の判断に慣れていない
  • Method:規格見本がない
  • Material:品種の特性で小さな傷から腐敗しやすい
  • Machine:照明が暗く、傷や色の違いが見えにくい

この場合、「もっと注意して選別してください」と言うだけでは改善しません。規格見本を置く、品種の切り替えを検討する、照明を新しくする、といった対策を組み合わせるべきです。

4Mによる原因分析

問題の原因を人の努力や意欲だけで説明しないことが大事です。もちろん、人に由来する原因は多々あるでしょう。しかし、人の問題は解決するのが困難なことが多いですし、無理に解決しようとするとうまくできていない人にとっては過剰なストレスになりかねません。それよりは、方法・材料・機械といったより変えやすいところから改善に取り組むほうが、結局人が活躍しやすくなるものです。

解決方法を編み出すためのECRS

原因が見えてきたら、次は解決方法を考えます。ここで注意したいのは、原因が見えたからといって、すぐに道具を買ったり、人を増やしたり、作業を急がせたりしないことです。

改善策は、思いついた順に実行するものではありません。順番を間違えると、あまり必要のない作業を少し楽にするために、時間とお金を使ってしまいます。そうではなく、顧客価値と利益に効く仕事を残し、それ以外の負担を減らす必要があります。

このときに役立つのがECRSです。ECRSは、業務を改善するときの考える順番です。

順番英語意味問い
1Eliminateなくすそもそも必要な作業か
2Combineまとめる他の作業と一緒にできないか
3Rearrange順番を変える順番や場所を変えると楽にならないか
4Simplify簡単にするもっと簡単なやりかたにできないか

多くの人は、最初に「簡単にできないか」を考えます。もちろん、それも大切です。しかし、ECRSでは「なくす」を最初に置きます。必要のない作業を少し楽にするより、その作業そのものをなくすほうが効果は大きいからです。

たとえば、出荷前の記録作業に時間がかかっているとします。このとき、すぐに記録用紙をきれいにつくり直すのは、ECRSで言えば4番目の「簡単にする」から始めていることになります。それより先に、次の順番で考えます。

  • なくす:その記録項目は本当に必要か。見返していない項目はないか。
  • まとめる:収穫記録と出荷記録を同じ表で管理できないか。
  • 順番を変える:作業後にまとめて書くのではなく、作業の途中で記録できないか。
  • 簡単にする:チェック式にできないか。スマートフォンで入力できないか。選択肢を減らせないか。AIにやってもらえないか。

この順番で考えると、単なる効率化ではなく、業務そのものの設計を見直せます。

ECRS

農業の現場では、「昔からやっているから」「念のため」「誰かに聞かれたら困るから」という理由で残っている作業が少なくありません。もちろん、安全、品質、法令、取引条件に関わる記録は必要です。必要なものまでなくしてはいけません。

しかし、必要かどうかを確認しないまま残している作業もあるかもしれません。たとえば、誰も見返していない日報、同じ内容を別々の用紙に書いている記録、過去の取引先に合わせて始めたけれど今は使っていない確認項目などです。こうした作業は、一つひとつは小さくても、積み重なると大きな負担になります。

ここで大事なのは、「作業を減らすこと」そのものを目的にしないことです。ページ5で見たように、顧客は自分にとっての価値を選びます。飲食店が規格の安定を求めているなら、規格確認は顧客価値に直結します。子育て世帯が安心感を求めているなら、栽培履歴や表示の確認は削ってはいけません。

反対に、顧客価値にも利益にもつながっていない作業は、できるだけ減らすべきです。ECRSは、現場の作業を責めるための道具ではありません。限られた時間と人手を、顧客価値や利益につながる仕事へ振り向けるための道具です。

最初の実践としては、いま時間がかかっている作業を一つ選び、紙にECRSの4つの問いを書いてみてください。その場で答えが出なくても構いません。考える順番を変えるだけで、「もっと頑張る」以外の選択肢が見えやすくなります。

迷ったら整理整頓とチェックシート

問題が多すぎて何から始めればよいか分からないときは、整理整頓とチェックシートから始めるのがお勧めです。地味ですが、効果が出やすく、組織にも共有しやすいからです。

整理整頓とは、単にきれいに片づけることではありません。必要なものを、必要な場所に、必要な数だけ置くことです。道具を探す時間、資材を取りに行く移動時間、古い資材を間違って使うリスクを減らすことが目的です。

たとえば、収穫用コンテナ、はさみ、手袋、ラベル、記録用紙が毎回違う場所にあるとします。一つひとつは小さなロスです。しかし、毎日10分探しているなら、年間200日で2,000分、約33時間です。時給1,200円で見れば、約4万円分の時間です。

金額としては大きくないように見えるかもしれません。けれども、探し物は作業の流れも止めます。収穫中にラベルが見つからなければ、出荷準備が止まります。はさみが足りなければ、誰かが取りに戻ります。作業が止まると、その場の空気も悪くなります。小さな不便は、小さなままでは終わらないのです。

整理整頓で最初にやることは、倉庫全体を完璧に片づけることではありません。まず一つの作業に絞ります。たとえば「朝の収穫開始」「出荷前のラベル貼り」「防除前の準備」のように、時間が詰まりやすい作業を選びます。その作業に必要なものをすべて書き出し、置き場所と必要数を決めます。

たとえば、朝の収穫開始なら次のように整理できます。

作業必要なもの置き場所必要数
ミニトマト収穫コンテナ、はさみ、手袋、収穫台車、記録用紙ハウス入口の棚当日作業人数分
ラベル貼りラベル、ペン、出荷先別の箱、納品書調製場の作業台横当日出荷分
防除準備農薬、防除衣、手袋、計量器、散布記録農薬保管庫と記録棚作業1回分

この程度で十分です。完璧な倉庫管理表をつくる必要はありません。まずは、作業を始める前に人が迷わない状態をつくることです。

チェックシートも同じです。チェックシートは、管理のための書類ではなく、ミスを減らすための道具です。

たとえば、出荷前に確認することを次のように決めます。

  • 数量は注文どおりか
  • 規格は顧客ごとの指定どおりか
  • ラベルは合っているか
  • 納品書は入っているか
  • 保冷・保管条件は守られているか
  • 次回納品予定は確認したか

頭の中で覚えているだけだと、忙しい日に抜けます。新人が入ると伝わりません。家族経営でも、誰かが体調を崩したときに代わりができません。チェックシートにすると、作業の基準を共有できます。

ただし、チェックシートには落とし穴もあります。項目を増やしすぎると、誰も真面目に見なくなります。すべてにチェックを入れることが目的になると、かえってミスを見逃します。

最初は5〜10項目くらいに絞ってください。守れないチェックシートをつくるより、守れる小さなチェックシートをつくるほうが実用的です。項目を選ぶ基準は、顧客価値と損失の大きさです。

  • 顧客からの信頼を失うミスか
  • やり直しに時間やお金がかかるミスか
  • 一度起きると安全や法令の問題になりうるミスか

この3つに当てはまるものから、チェック項目にします。逆に、多少抜けても大きな問題にならないものまで入れると、チェックシート全体の重みが薄れます。

整理整頓とチェックシートは、格好のよい改善ではありません。しかし、現場の改善は、格好のよさより再現性が大事です。誰がやっても一定の水準に近づく。忙しい日でも崩れにくい。新人にも伝えやすい。こうした小さな仕組みが、次の組織開発にもつながっていきます。

整理整頓とチェックシート

実験計画法で増収を科学する

ここまで、作業や品質の改善を中心に見てきました。最後に、収量や品質そのものを高めるための考えかたを扱います。キーワードは実験計画法です。

実験計画法の中身にはいろいろありますが、分かりやすいのは、「少ない実験で多くの実験をしたのに近い分析ができる」というものがあります。たとえば、「品種AとB」「施肥量多と慣行」「播種密度密と慣行」という3種類の軸について、2つの条件を比べたいとします(統計的には3因子2水準と言います)。この組み合わせを全部試すとしたら、高校数学の組み合わせの計算ですが、2の3乗で、8通りとなります。8通りの試験をすれば、この中での最適な組み合わせが見つかりそうです。

しかし、実験計画法のテクニックを使うと、4通りの試験だけで、8通りの試験をしたのに近い分析が可能になります。「近い」と書いたのは、たとえば「施肥量を増やし、かつ播種密度を高めた場合にだけ効果があり、どちらか一方だけでは効果がない」といったことは検出ができないからです。

それなら8通り全部やったほうがいい、と思われるかもしれません。たしかに、8通りくらいなら何とかなるかもしれません。しかし、軸を7通りに増やすとどうでしょう? 全部やったら2の7乗で128通りの組み合わせになります。これはちょっと現実的ではありません。でも、実験計画法では8通りで近い分析ができるようになります。せっかく8つの区画を設けて試験するなら、3つの因子を分析するより、多少精度が落ちても、7つの因子を分析したくはないですか?

さて、実験計画法というと難しく聞こえるかもしれません。たしかに、上記のようなことを実践しようとすると、ある程度専門的な知識が必要になります。しかし、その入り口となるような知識だけでも、結構役に立ちます。ここでは、数字をもとに生産性を改善していくための、大原則だけお伝えします。

ページ5では、顧客開拓について「仮説をつくり、小さく試し、顧客の反応を見て修正する」と説明しました。生産性改善でも、基本は同じです。仮説をつくり、小さく試し、数字で確認し、よさそうなら広げる。違っていたら原因を考え、次の試験に活かす。この流れを生産現場で実践するのが、実験計画法の入口です。

先進国の反収は伸びている、日本を除いて

以下の表は、FAO(国際連合食糧農業機関)のデータベースから抽出した、2003年と2023年の単収(t/ha)の値です。関心のあるかたは、ぜひFAOSTATにアクセスして、いろいろなデータを比較してみてください。


2003

2023
じゃがいも
2003
じゃがいも
2023
りんご
2003
りんご
2023
日本5.86.933.231.320.217.5
+17%-6%-14%
中国6.17.115.120.511.124.8
+18%+36%+124%
アメリカ7.58.641.151.425.342.8
+15%+25%+69%
イギリス40.840.915.728.3
+0%+80%
オーストラリア9.69.534.742.115.515.9
-0%+21%+2%

一部の品目だけ紹介していますが、もっと多くの品目を比較しても傾向は同じです。日本の農業では、多くの品目で、単収つまり面積あたりの収量がここ数十年間あまり変わっていません。一方で、海外の農業先進国では、ほとんどの品目で単収が伸びています。かつては日本の農業は、高い生産性を誇りました。しかし今では、アメリカやオーストラリアのような大規模で粗放的な農業をしているというイメージのある国々に比べても、ほとんどの品目で単収が負けています。日本よりもはるかに人件費が高い国で生産された農産物が、日本で国産の農産物よりも安く販売されているのは、このように生産性に違いがあるからです。

この比較から学べることがあります。収量は、自然条件だけで決まるわけではないということです。品種、肥料、土づくり、潅水、防除、栽培密度、作期、収穫基準、機械化、データの使いかたによって、面積あたりの生産性は変わります。

もちろん、単収を上げることだけが常に正解とは限りません。ページ3で見たように、経営では売上、変動費、固定費、利益の関係を見る必要があります。単収を上げるために資材費や労務費が大きく増え、利益が減るなら、経営改善とは言えません。また、顧客が求める品質を落としてまで量を増やすのも本末転倒です。

大事なのは、向上すべき項目を利益と顧客価値の両方から判断することです。だから、実験も方針から逆算します。何を増やしたいのか。収量なのか、秀品率なのか、食味なのか、作業性なのか、欠品の少なさなのか。ここを決めてから試験を設計します。なお、同じ品質を実現できるのなら、単収は高いに越したことはありません。そのため、単収向上は、農業の生産面において、最重要とは限りませんが、必ず意味のある改善です。

試験で見る指標は、たとえば次のようなものがあります。

顧客・販路顧客価値試験で見る指標
加工業者必要量を安定して確保できる反収、出荷可能数量、収穫時期
飲食店メニューに使いやすい規格のそろい、欠品日数、食味
贈答用顧客見た目がよく、印象に残る秀品率、外観、日もち、包装後の状態
直売所利用者買いやすく、家庭で使いやすい価格帯、サイズ、棚もち、売れ残り

このように、同じ「生産性改善」でも、何を改善すべきかは顧客によって変わります。ここを決めずに試験を始めると、数字は集まっても判断に使いにくくなります。

農学は近代統計学の生みの親

さて、海外の農業先進国が単収を向上させている、ということを説明しました。その背後にはいろいろな要素がありますが、その中の重要な一つに、実験計画法があります。アメリカやオーストラリアなどの大農場には、たいてい、クロップマネジャーなどという肩書をもった品目担当者がいます。彼らは農場内でさまざまな実験を行い、データを収集し、より高い生産性を実現するための手法の開発に取り組んでいます。

実験計画法は統計学にもとづくものです。農業経営の本題とは逸れるので詳しい話は省略しますが、近代統計学の父であるフィッシャーという学者は、農学の研究の精度を高める過程で、分散分析などの近代的な手法を構築していきました。

ときどき「農業は気象に左右されるから数字で考えても意味がない」といった発言を耳にしますが、統計学の発達の経緯を考えると、むしろ農業こそ数字で考えるべきです。予測できない要素が多いからこそ、本当にこの肥料は効いているのか、本当にこの栽培技術は有益なのか、といったことを明らかにするには統計的な分析が必要になってくるのです。

まずは品種と肥料の対照試験から

とはいえ、大学や農業試験場が実施しているような厳密な実験を再現することは難しいでしょう。そこで、ハードルは高くないけれども反収向上の効果は見込める原則をいくつか紹介します。

まず、簡単なもので構わないので、毎年何かしらの実験をするべきです。何も実験をしなければ、来年の栽培方法は今年の栽培方法から進歩しません。

私は以前種苗メーカーの海外営業として、南北アメリカやオセアニアの大規模な農業法人を頻繁に訪問していました。そうした法人は生産性を高めるため、毎年何かしらの実験をしていました。試験用の圃場・区画をきちんと定めて、農場長や品目担当などのポジションの人がそこでの収量や品質などを記録し、より大きな利益を生める手段がないか検証するわけです。

実験する対象はいろいろとあります。何から取り組むべきか迷ったら、まずは品種がよいと思います。品種の選定は収量や品質に与える影響が極めて大きい一方で、肥料や潅水などの条件を変えずにただ品種だけを切り替えるということが簡単にできるからです(もちろん品種によって適切な栽培方法は多少異なりますが、同じ品種についてのよりよい栽培方法を探すことよりも、品種を変えることのほうが、収量へのインパクトは大きくなりやすいです)。

以前ときどき訪問していたニュージーランドのある品目のトップ生産者は、試験用の圃場で、毎年30品種くらいを比較していました。現在の品種と複数年に渡り比較して成績がよければ、それを新たな主力品種として採用する、という形で改善に取り組み、順調に単収を伸ばしていました。

日本にはとくに、品種がたくさんあります。その大部分を試したことがないはずです。それらを少しずつでも試してみることで、大幅な改善を実現できるかもしれません。

次に挙げるとしたら、肥料です。肥料は残肥や施肥のタイミングといったものの影響があり、品種の試験よりも効果を見極めるのが難しいものです。肥料の場合は、収量を高めるということはもちろんですが、コストを下げるほうの発想のほうが重要かもしれません。施肥量を減らしたり、より安い肥料を使ったりしても収量・品質に影響が出なければ、その分利益は増えます。

防除や潅水といった栽培方法についての実験ももちろん有意義ですが、栽培期間中ずっと管理方法に差をつけなければならないものは、手間がかかり、品種比較に比べると難度はずっと高くなります。

さて、実験をするうえで実践しなければならないのが、対照実験です。区画を複数設け、影響を評価したい要素だけ差をつけて、それ以外の要素は極力同じ条件にする、ということです。以前、「施肥量を増やして収量が増えるかどうか実験しているから、その結果を評価してほしい」と相談を受けたことがあるのですが、「どの圃場の施肥量を増やしたのですか?」と尋ねてみたら、「全部」という答えが返ってきました。これでは比較のしようがありません。「前年の結果と比較できるではないか」と思われるかもしれませんが、前年とは気温も降水量も病虫害の圧も異なるはずです。これでは、前年より収量が増えたり減ったりしたとしても、それが施肥量の影響かどうか分かりません。

毎年試すこと。対照実験を意識すること。まず品種からはじめること。この3点を実践するだけでも、長いスパンで見たときに、大きな違いになるはずです。

最後に、経営的な観点からは、「技術的によかった」と「経営的によかった」を分けて見ることが大事です。収量が増えても、肥料費や労働時間が増えすぎれば、利益はかえって減るかもしれません。秀品率が上がっても、顧客がその違いにお金を払ってくれなければ、売上は増えません。

たとえば、肥料を変えた試験で次のような結果が出たとします。

区分収量売上追加費用利益への影響
慣行100kg50,000円0円基準
新肥料110kg55,000円8,000円-3,000円

収量だけ見ると、新肥料のほうがよく見えます。しかし、追加費用を含めると利益は3,000円減っています。この場合、新肥料は「収量を増やす効果はありそうだが、この条件では利益には効いていない」と判断するのが自然です。もし顧客が品質向上に高い価格を払うなら話は変わりますが、そうでないなら採用はできません。

改善のコストと収益

こうした判断をするためにも、試験の結果は収量だけでなく、売上、費用、利益まで見る必要があります。生産性改善は、生産現場だけの話ではありません。ページ3の損益モデル、ページ4の方針、ページ5の顧客価値とつながってはじめて、経営改善に結びつきます。一度で終わるものではありません。顧客開拓と同じように、仮説をつくり、小さく試し、結果を記録し、次の計画に反映することで、経営としての成長が実現できます。

次のページでは、その学習する仕組みを、組織としてどう育てるかを考えます。生産性改善を経営者一人の努力で続けるには限界があります。スタッフが同じ基準で作業し、問題を共有し、少しずつ権限をもって改善できるようになることが、次のテーマです。


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