計画を立てよう④:バックオフィス業務改善

農業自体ではない業務こそ効率化

前のページでは、組織開発について説明しました。経営者以外の人も、目的と方針に沿って判断し、顧客価値と利益につながる仕事を進められるようにすることで、経営目標の達成がより近づいてきます。そのために、業務、権限、責任、能力、面談、コミュニケーションといったキーワードをもとに基本的な内容を紹介しました。

ただし、人に仕事や権限を任せるだけでは、組織は動きません。任せられた人が判断するには、目的や状況に合った情報が必要です。

顧客開拓、生産性改善、組織開発では、いずれも状況を確かめ、次の行動を決める場面で情報を使います。計画を実行して終わりにせず、結果を確かめて次の判断につなげるには、情報をどのように集め、記録し、届けるかも計画の一部として決めます。

ページ4で扱ったバランストスコアカード(BSC)で見ると、バックオフィス業務改善は、おもに業務プロセスの視点と学習・成長の視点を支える取り組みです。顧客、作業、人、数字に関する情報を正しく集め、判断する人へ届けられれば、顧客に価値を届ける業務を見直しやすくなります。そのために、記録、共有、会計、予定管理、タスク管理、AIやクラウドの使いかたを取り上げます。

このページで扱うのは、バックオフィス業務改善です。バックオフィスとは、会計、請求、書類、予定管理、タスク管理、顧客情報管理、情報共有など、直接農産物をつくらない業務のことです。農業経営では、これらを「事務」とひとまとめにして、栽培や出荷より軽く見てしまうことがあります。

しかし、事務の流れが整っていないと、そもそも情報を記録していない、内容が不正確である、保存場所が分からない、判断する人の目に触れない、といった問題が起こります。その状態では、顧客開拓、生産性改善、組織開発で得た情報を次の判断に活かせず、経営者の記憶やその場の対応に頼る場面が増えてしまいます。

バックオフィス業務改善の目的は、経営者と組織が、よりよい判断を速くできる状態をつくることです。


目次

経営者の仕事は栽培だけではない

栽培は、農業経営のもっとも重要な業務の一つです。顧客に届ける価値の多くは、圃場、ハウス、調製場、出荷場で生まれます。

一方で、経営者の仕事は栽培だけではありません。顧客に何を届けるかを決め、限られた時間、人、お金をどこに使うかを決め、経営全体を動かす役割もあります。

何をつくるのか。誰に売るのか。どの価格で売るのか。どの品質を優先するのか。どの作業を改善するのか。誰に何を任せるのか。どの設備に投資するのか。いつ借入をするのか。

こうした判断の積み重ねが、経営の姿を決めます。

栽培技術は、その判断を実現するための重要な力です。よい判断をしても、栽培の力がなければ顧客価値は生まれません。一方で、どれほど栽培が上手でも、顧客、価格、費用、人、資金の判断を誤れば、経営は苦しくなります。

経営者が栽培だけに時間を使い続けると、顧客、費用、人、資金について判断する時間が削られます。栽培を軽く見るのではありません。栽培によって生まれた価値を顧客へ届け、利益として経営に残すためにも、経営者は判断に使う時間を確保します。

この点は、ページ4のBSCで見た「業務プロセスの視点」からも説明できます。顧客に価値を届けるまでの業務には、栽培だけでなく、収穫、調製、出荷、営業、請求、情報共有、人材育成まで含まれます。畑でよいものをつくる力だけでも、それを顧客価値、利益、現金、組織学習につなげる力だけでも、農業経営は成り立ちません。

経営の要は判断

ページ1で、経営分析は診断に似ていると説明しました。症状だけを見て薬を選ぶと、原因に合わない処方になることがあります。経営でも、現状や原因を確かめないまま対策を選べば、見当違いの行動になりかねません。

たとえば、売上が伸びないとします。このとき、原因はさまざまです。

  • 顧客候補に十分に知られていない
  • 顧客にとっての価値が伝わっていない
  • 価格が顧客価値と合っていない
  • 欠品が多く、継続取引につながらない
  • 規格が顧客の用途と合っていない
  • 出荷作業に追われて営業の時間がない

原因が違えば、打つべき手も違います。SNS投稿を増やすのか、商品説明を直すのか、生産の安定性を高めるのか、顧客リストをつくるのか。経営者は、原因を確かめたうえで、実行する対策を選びます。

原因を確かめる材料が乏しければ、判断の確かさは下がります。

顧客から何を言われたのか記録していない。品目別の利益が分からない。作業時間が分からない。月次の資金繰りが分からない。こうした状態では、経験や勘に頼る比重が高くなります。

経験や勘は大切です。農業では、とくに大切です。作物の状態、土の乾きかた、天候の読み、顧客との微妙な関係は、数字だけでは分かりません。

しかし、言葉や記録になっていない経験や勘は、後から正確に思い出せない限り、一回限りのものになってしまいます。一方で、記録があれば、次の判断に活かしやすくなります。記録は記憶を補い、経験や勘を振り返って磨くための材料になります。

組織として経営をする場合は、なおさらです。雇用が増えると、記録には、経営者以外の人も経験や勘を判断材料として使えるようにする役割が加わります。ページ7で見たように、組織が大きくなるほど、経営者の頭の中だけで判断することには限界が生じます。経営者がいないと判断が止まる。担当者が変わると顧客対応が途切れる。去年の失敗が今年に活かされない。こうした問題が起こりやすくなります。

経験や勘を捨てるのではなく、それを補う情報を記録し、後から自分やほかの判断者が見られる形にしておくことが大切です。

経営改善に役立つ情報を

経験や勘を補う情報も、集めただけで経営判断に活かせるとは限りません。情報を扱う流れは、次の3段階に分けると整理しやすくなります。

  • 収集:経営や業務に関する情報を集める段階
  • 加工・整理:集めた情報の正確さを確かめ、必要に応じて集計・計算・要約し、後から参照しやすいように分類・保存する段階
  • 活用:整理した情報を判断材料として使い、次の行動を決める段階

収集、加工・整理、活用がつながっていると、状況を確かめて次の行動を決めやすくなります。反対に、どこかの段階で情報が止まると、確認に時間がかかり、対応が遅れることがあります。

ただし、記録項目は多いほどよいわけではありません。項目ごとに、その情報を記録するメリットがあるかを見極めます。判断にも業務にも使わない情報であれば、記録するメリットはありません。

記録する情報の候補は、次の2段階で抽出します。

  1. 理想の状態を具体的に思い描く
  2. 理想の状態と現状を比べるために、現在欠けている情報をリストアップする

たとえば、「毎月、品目別の採算を大まかに比べられる状態」を理想として設定したとします。これを実現するには、売上高と費用を品目ごとに集計する必要があります。費用としては材料費と労務費を集計できればよいとします。もし、労務費が品目別に分けられないのであれば、算出できるようにせねばなりません。そのためには、品目ごとにどのくらいの労働時間がかかっているかを集計するか推測する必要があります。このように、理想の状態に近づくためにどんな情報を記録するべきかを挙げていきます。

どのような情報を記録するかを考えたら、次はその情報を記録する手段を選びます。

記録をとるのは業務のひとつで、時間がかかるものです。記録は活用してこそ意味があるもので、記録をとること自体は価値を生むわけではありません。極力効率よく実現したいものです。効率のためには、記録する内容と手段の両面から選択肢を挙げることが大事です。

ソフトというのは、ここではたとえばノートや電子ファイルやアプリといった、収集の手段や媒体を指します。「品目ごとの採算を確認する」という目的であれば、紙に書いて計算するよりは、エクセルなどの電子データを用いるほうが、計算が自動化されますし、検索も容易です。

ただし、最終的に電子データにするとしても、そのための方法はさまざまにありえます。理屈の上ではどうせ電子化するのであれば最初の段階から電子データとして記録するほうがよいはずです。たとえば、アグリノートなどのアプリで記録してもよいですし、グーグルフォームのような簡単な入力フォームを用いてスプレッドシートを活用してもよいです。

しかし、もしパソコンやスマートフォンでの記録が難しいという人がいる場合は、一度手書きで記録し、それをのちほどパソコンやスマートフォンで入力する、といったやりかたのほうが、短期的には効率的かもしれません。

そこで、長期的には無理のない範囲で情報は最初から電子データとして記録することを目標としたほうがよいですが、短期的には、手書きなどの手段との組み合わせを選択肢として残しておくといいです。


生成AI・AIエージェントを活用する

バックオフィス業務が情報を扱うものであれば、いまの時代、AIを無視することはできません。生成AIやAIエージェントを活用して効率化できる業務はたくさんあるはずです。

AI関連の技術は急速に進歩していて、最新のツールやサービスも、数か月も経てばさらに効率がよいものに取って代わられてしまうような状況です。そのため、ここでは個別具体的なサービスの紹介はあまりせず、活用方法の紹介をするにとどめます。

AIが経営の選択肢を増やす

AIの登場以前と以後で、効率が大きく変わった仕事がたくさんあります。

その筆頭は調査業務だと思います。コンサルティング会社である当社では日常的に調査業務が発生しますが、調査の効率は生成AIによって10倍以上になったと感じます。Deep Researchなどのモードで調査をするよう生成AIに投げかければ、何十ものウェブサイトや論文をもとに、A4用紙5枚から10枚程度の詳細なレポートが作成されます。

調査は別にコンサルティング会社だけのものではなく、農家・農業法人でも情報収集をすべき場面は毎日発生するはずです。情報をたくさんもっていることは、よりよい経営判断を実現するうえで極めて重要です。AIをあまり情報収集には使っていないというかたは、ふだんグーグルなどの検索エンジンで検索するのを、試しに生成AIに置き換えてみてください。想像以上に効率的だと思えるはずです。

生産に関しては、たとえば材料の情報収集に使えます。品種や肥料や農薬といった材料には非常に多くの種類があり、すべてを把握することは不可能です。しかし生成AIを使って「当農園の環境・作型に合った品種を調査して教えてください」といった指示をすれば、これまで知らなかった選択肢を多数見つけられるでしょう。

こうした生産関連の情報源として大変有益なのにあまり利用されていないものとして、論文があります。大学で研究をしたことがある人には論文を読むということが習慣になっているかたも多いかもしれませんが、そうでなければそもそも論文というものを読んだことがない、というかたがほとんどだと思います。世の中には無数の論文があり、紙の雑誌でしか読めないものもありますが、ネット上で公開されているものも多く、信頼できる重要な情報源となります。

生成AIを使えば、論文の検索はもちろん、内容の要約までできます。たとえば、「ネギの主要な品種の収量を比較した最近の論文を複数読んで、その結果を整理し、反収が大きいと思われる品種をリストアップしてください」といった指示をすれば、AIが調査して結論をまとめてくれます。自身の事業に関係が深そうな論文が効率よく見つかるので、情報を獲得するのに必要な時間が大幅に削減できますし、ただAIのまとめを眺めているだけでも知識がついていきます。こうした情報にふだんからアクセスしている人としていない人とでは、情報量に圧倒的な差が生じるはずです。

販売に関しても、情報収集の使いかたはたくさんあります。たとえば、生成AIに販路候補のリストをつくってもらうと、効率がよいだけでなく、自分では思いつかなかったようなジャンルの販路を提案してくれることもあり、質の点でも大幅に高まる可能性があります。

どんな道具にも言えることでしょうが、道具は使い慣れるにしたがって、より効果的に使えるようになります。AIは汎用性が高い技術で、さまざまな場面で使えます。どのようなことを行うにしても、まず「この仕事はAIで効率化できないか?」という疑問を投げかけてみる姿勢をもつことが大事です。

AI活用でも組織運営でも問われるのは言語能力

AIの活用能力を高めるにはさまざまな場面で実際に使ってみることが有効ですが、単に使えばいいというわけでもありません。AIの活用能力は、ある程度言語能力に比例すると思います。AIに対する指示は言語を使って行うので、AIが期待通りに動いてくれるかどうかは、適切な単語を用いて適切な論理構造をつくれるかといった、言葉を使うスキルに左右されるところが大きいです。

ところで、言語はAIへの指示に用いるものである以上に、そもそも人と人とのコミュニケーションのための手段です。だから、作業指示や組織開発などの対人コミュニケーションが得意な人ほど、AIの活用も上手だと言えるかもしれません。AIに指示をするときには、人とコミュニケーションをとるときと同様に、相手がもっていない情報はないか、使用する単語の中にあいまいなものはないか、相手に期待していることが明快に表現されているか、といったことに注意するとよいです。

ただし、言語能力を高めると言っても、具体的な手段を見つけることはなかなか難しいものです。私はもともと論理学や言語学を学んでいたので、本当は「論理学を学ぶといい」と言いたいところですが、これはちょっとハードルが高いと感じられるかもしれません。そこで、その一歩手前くらいの、もう少し気軽に取り組めるものからはじめるとよいと思います。

具体的には、野矢茂樹という哲学者が書いている『論理トレーニング』という本は、論理学の入口くらいのスキルを効率よく学べる一冊です。AIが理解しやすい論理的な文章を書くには接続詞の使いかたを意識することが重要で、たとえば「しかし」と「ただし」の違いを理解するといったことがポイントになりますが、こうしたことを平易な文章で教えてくれます。

根本は同じなのですが、数学の証明問題もよいトレーニングです。数学の知識をつけることが目的ではないのであまり難しい問題でなくてもいいのですが、もし中学(高校入試)の証明問題、たとえば図形の合同や相似を証明するような問題に苦手意識があったようなら、あらためて勉強してみるといいかもしれません。大人になってからやり直してみると、案外簡単だと感じるかもしれません。

もう一つのお勧めの方法は、AIを使って学ぶことです。文章を書いたら、それを生成AIに与えて、「論理的であるかどうか、言葉の使いかたが適切かどうかといった観点からレビューしてください」といった指示をします。自身の文章を材料にアドバイスをもらえるので、たいへん実践的です。

生成AIやAIエージェントでできること

さて、上記でAI活用の前提となるところをお伝えしてきましたが、そろそろ実践的な活用について紹介しようと思います。生成AIやAIエージェントでできることは広いですが、農業経営での活用方法として、以下のようなものがあります。

領域使いかた
生産新規の生産技術・材料・資材を調査する/記録を蓄積・分析する/作業マニュアルを作成する/生産計画を作成する/作業計画を作成する
販売販路候補を調査する/商談会・展示会等を調査する/顧客のニーズを推測する/営業資料・販売促進用資料を作成する/販売実績を蓄積・分析する/受注出荷を効率化する
マーケティング市場の課題・ニーズを調査する/競合を調査する/自社の強みを分析する/宣伝広告を作成する/発信内容を作成する
調達仕入先候補を調査する/パートナー候補を調査する/調達価格を調査する
人事・労務採用方法のアイディアを出す/求人広告を作成する/労務管理を効率化する/従業員の簡単な質問に答える/面談の補助をする
経営管理会社規程類をレビューする/会社規程類を分かりやすくまとめる/事業計画を作成する/実績を分析する/タスクを管理する

通常の生成AI(ChatGPT、Claude、Gemini等)とAIエージェント(Codex、Claude Code、Gemini CLI等)は、できることに根本的な違いはないのですが、活用の効率が大幅に変わります。AIエージェントはテキスト・ワード・エクセル・パワーポイント・pdfなどさまざまな種類のファイルとして保存されている情報を参照できるため、多少の下準備が必要にはなりますが、こうしたファイルを用意してしまえば、簡単な指示だけでもAIが背景情報を踏まえたうえで作業をしてくれます。AIが参照できる場所に、たとえば自社の栽培方法、生産設備、商品、取引先、従業員、……といった情報を置いておけば、AIが自社の条件を踏まえたうえで提案や作業をしてくれます。通常の生成AIでも背景情報として他のファイルを参照させることは可能ですが、限度があり、手間もかかります。

また、AIエージェントでは複数のエージェントが同時に作業をしてくれますし、多数の工程がある作業も時間をかけて順番に全部こなしてくれます。たとえば、さつまいもの収量を向上させるための手段を調査するとき、チャット型の生成AIでは「施肥設計や作型など栽培管理面についての調査をさせ」「自社の情報を参照して応用できそうな技術を抽出させ」「応用方法を具体的なタスクリストとして提案させる」といった3段階くらいで指示をすることになりますが、AIエージェントではこれを一度の指示でまとめられます。そのため、事業においてAIを活用しようとするなら、AIエージェントを準備することをお勧めします。

AIをどのように活用すればいいか分からなければ、まずはAIに「AIを活用したらどんなことができますか?」と質問してみてください。AIエージェントが自社の資料を読めるようにしていれば、自社ならではの方法を提案してくれます。通常の生成AIでもいろいろなアイディアを出してくれるので、気になるものがあれば追加で質問をして、より具体的な方法を確認してみてください。


デジタルで効率化

AIだけでなく、一般的なデジタルツールもバックオフィス改善には役立ちます。ただし、ここでも大事なのは、ツールから入らないことです。

「どのツールがよいか」より先に、「どの業務をどう変えたいか」を決めます。たとえば、「ペーパーレス」ということはもうずいぶん前から言われていますが、紙をなくすこと自体を目的にしてはいけません。デジタルを使って情報共有の効率化や情報の保持・検索性の向上といったことが期待できるならデジタルを使えばよいですが、効果が期待できなければ、ペーパーレスにしてしかも効率が悪くなるというまったくの無駄になってしまうかもしれません。

デジタルとアナログの使い分け

実際のデジタル活用にはさまざまなポイントやコツがあるので、ケースバイケースで検討することが大事ですが、一般的には、以下のような状況があればデジタルを使って効率化を図れる可能性が高いです。

情報の入力に関して

  • 手で情報を入力している
  • 同じ情報を複数回にわたって入力している
  • 音声や画像・映像など有用だが記録できていない情報がある

情報の共有に関して

  • もつべき情報をもてていない人がいる
  • 情報の共有に時間がかかる
  • 情報の見落としがある

情報の活用に関して

  • データを蓄積しているが活用していない
  • 紙や映像といった資料が多くすぐに活用できない
  • 判断の根拠が明確でないことが多い

こうした症状があれば、それを少し改善するだけでも多大な効果がもたらされるかもしれません。「手で情報を入力している」を例にしてみます。典型的な効率化手段として、会計アプリの活用があります。会計アプリを使っているというかたは多いですが、銀行口座やクレジットカードとの連携をしていないかたが案外多いようです。そうした経営者から、決算・申告の時期に1週間くらい事務所にこもってひたすら領収書などの入力をしている、といった話を聞くことがあります。そういうかたには、口座・カードの連携を試してもらっています。ある経営者は、この連携をすることで、もともと1週間かかっていた作業が1日で終わった、もっと早くからやっておけばよかったと言っていました。かなり効率化の効果が高いので、ぜひ試してもらいたいと思っています。

効率化のためのツールや手段があると知らなければ、デジタルを活用した効率化はできません(これはデジタルに限らず言えることですが)。この点で、デジタル活用はある程度知識をもっている経営者か、そうした知識をもっている人を社内もしくは近くに抱えている経営者にしか進められないものでした。

しかし、この状況は生成AIの登場により様変わりしました。デジタルは、AIの超得意分野です。いまの時代、AIに「○○の業務を改善するにはどのような方法がありますか?」と質問すれば、AIはネット上の情報を広範に調査したうえで案を出してくれます。AIはデジタル活用推進をサポートしてくれる強力なパートナーです。そのため、さまざまなデジタル技術の中でも、まずはAIの導入に取り組むことをお勧めしています。

デジタイゼーションとデジタライゼーション

さて、何ごとにも効率のよい手順があるように、デジタル活用にも基本とされるステップがあります。いくらでも細かく分けることはできますが、大雑把には、2つの段階としてデジタイゼーションとデジタライゼーションを区別し、順番に進めるとよいです。

デジタイゼーションとは、紙やアナログの情報をデジタルにすることです。紙の帳票をPDFにする。手書きの日報を表計算ソフトに入力する。名刺を画像データやテキストデータとして保存する。「情報をパソコンやスマートフォンで扱いやすい形式に変換すること」と言い換えることもできます。紙などを中心に管理をしていてデジタルの情報が少ない場合は、このステップがないと、デジタル化が進みません。

デジタライゼーションとは、デジタルを使って業務を変えることです。たとえば、「注文書を郵送やFAXで受け取って手入力する」というプロセスを、「注文書を画像認識して納品書や請求書に自動転記する」とか「注文フォームを用意して顧客にそのフォームを使って注文してもらう」といった形に変えるとしたら、それはデジタライゼーションです。

ちなみに、こうしたデジタル化を指してDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が使われることもありますが、DXはもう少し進んだ取り組みを表す言葉として使われるのが一般的です。単なるデジタル化ではなく、デジタルを使って新しい顧客価値を生み出したり、従来はありえなかったパートナーシップの構築を実現したりするような、デジタルでしかできないことがDXの本質です。

たとえば、観光農園の果樹オーナー制度というものがありますが、これは一般的にはその樹から収穫される果実(の一部)を受け取れる権利や、栽培に携われる権利を顧客に売るものです。もし、デジタルを使って、オーナーが単に定期的な栽培イベントに参加するだけでなく、アプリから自分の樹の状態をリモートでリアルタイムで確認できたり、センサーの情報をもとに潅水をしたりできるようにするとしたら、それはデジタルでなければ実現が困難な顧客価値なので、DXと呼ぶべきものです。ちょっと極端な例を出しましたが、デジタルによってこのようにビジネスモデルそのものを変えてしまうこともできるということは、意識しておくべきだと思います。

デジタイゼーション、デジタライゼーション、DX

さて、DXに取り組むべきかどうかは難しい問題ですが、デジタイゼーションとデジタライゼーションは、既存の業務の改善に結び付きやすいので、ぜひ取り組むべきです。

すべてをデジタルにしていくのは時間がかかりすぎるかもしれないので、高い効果が見込める領域から取り組んでみてください。デジタイゼーションに関しては、デジタル活用の土台づくりの段階ではありますが、これをするだけでも情報の活用効率が高まります。デジタルデータは検索ができるからです。特定の情報を探しているとしても、その情報が紙としてしか残っていない場合は、見つけるのが大変です。物理的にたくさんのページをめくって、目でざっと眺めて、それでもやっぱり見つからない、といったことは誰しも経験したことがあるのではないでしょうか。これに対し、デジタルデータならキーワードを入力して検索ボタンを押すだけです。これだけでも計り知れないメリットがあります。

こうした検索によってメリットが生じやすい情報の種類として、作業記録や打ち合わせの記録があります。こうした記録を検索できるようにしておくだけで、過去の反省やこれからの計画を簡単に振り返れるようになるので、優先的にデジタイゼーションを進めたいものです。

なお、AIはデジタイゼーションの強い味方です。AIの画像認識機能を使って紙の資料や手書き文字をテキストデータにしたり、録音データから会議の議事録を作成したりといったことができます。人がキーボードで入力しなくとも、生成AIが画像や音声を認識して勝手にテキストデータにしてくれるわけです。30分の音声データを人力で文字起こしすると、漢字変換の間違いなどを修正していると1時間くらいはかかると思いますが、AIなら「この音声データを文字起こししてください」という指示をするだけでよいのです。

デジタライゼーションも、効果が高そうな領域から進めるべきです。農業はさまざまな数字を用いて判断すべき仕事なので、生産活動の多様な部分でデジタライゼーションが活きてくるはずです。バックオフィス業務に関しては、情報共有と会計での改善効果がとくに大きいと思います。

ファイル共有はクラウドへ

一人で農業をしているならすべてのことを自分でやらなければなりませんが、日々の仕事の中で情報共有をすべき場面はほとんどありません。一方で、組織として農業をするなら、自分一人が分かっていても、その情報を他の人に伝えられなければ仕事は進みません。情報共有は組織としての活動の基本です。

情報共有はいまの時代、クラウドを使うべきです。クラウドと聞いてよく分からない場合も、Google Drive(グーグル)、OneDrive(マイクロソフト)、iCloud(アップル)、Box(Box)といったサービス名を聞けば「あれのことか」とお分かりかもしれません。メールやオフィスソフトなど、グーグルやマイクロソフトやアップルのサービスを利用していれば、意識していなくてもクラウドを利用しているはずです。

こうしたクラウドのサービスは、パソコンやスマートフォンといった端末にではなく、外部のサーバーと言われる場所にデータを保管するものです。通信環境さえあればどんな端末からでも同じファイルを開いたり編集したりできます。昔からパソコンを使っているかたは、パソコンを買ったらデータ一式を新しいパソコンにコピーする、という作業をした経験をおもちだと思います。クラウドを利用していれば、これはもう必要がないのです。

従来同様バックアップをとることは必要ですが、自社のパソコンが破損するリスクに比べればグーグルなどの大企業のクラウド上のデータが破損するリスクのほうがよほど低いでしょうから、データ保持の安全性も高まります。

ただし、クラウドだからこそ注意すべきことも多々あります。たとえば、効率の観点からは、情報の整理整頓の仕方をルールとして定めておくことが大事です。

デジタルデータは検索ができるので、最低限のこととして、検索で見つけやすくするためにファイル名の付けかたを決めておきましょう。定期的にバックアップをとることがお勧めですが、新しいファイルと古いファイルが混在していると、間違って古いファイルを参照したり編集したりしてしまうことがあります。最新のファイルがどれなのか分かるような工夫が必要です。

当社では、ファイル名に日付を書いて、さらに、バックアップファイルは「バックアップ」と書くか、もしくはバックアップ用のフォルダに移動するようにしています。

次に取り組みたいのは、フォルダの構造です。いろいろな考えかたがありますが、当社がお勧めしているのは、事業の構成や組織図など、実際の事業の構造を反映したフォルダ構造にすることです。たとえば、業務が以下のような構造になっているとします。

  • 生産部門
    • 水稲
      • 生産管理
      • 材料管理
    • 露地野菜
      • 生産管理
      • 材料管理
    • 機械管理
    • 材料・資材管理
  • 販売部門
    • 販路開拓・顧客管理
    • 受注・出荷
  • 総務部門
    • 人事
    • 経理
    • デジタル

そしたら、この業務の構造をそのままクラウド内のフォルダの構造にしてしまうのです。このようにするメリットは大きく2つあります。

第1に、ファイルの置き場所が分かりやすいことです。自身が探しているファイルがどの業務に関するものであるかを特定すれば、どのあたりにあるはずか見当をつけやすくなります。フォルダを見ればその業務に関するファイルが一通り見渡せるので、新人などあまりその業務に慣れていない人でも仕事の全体像をつかみやすくもなります。

クラウドでのファイル整理

第2に、上記とは反対に、クラウド上でフォルダ構造を整理することが、実際の業務の構成を整理することにつながる可能性があります。業務の全体像をツリー形式で整理するのは時間がかかって大変なので、なかなか取り組みにくいものです。しかし、クラウド上のファイルは必ずどこかしらに配置しなければなりません。業務の構造とフォルダの構造を一致させるなら、むしろフォルダの構造を整えるほうが先になる可能性があるわけです。その結果、クラウドというデジタル環境を整えることで、業務の全体像を整理しつかみやすくなります。

これまでクラウドを組織として活用してこなかったようでしたら、まずはフォルダ構造をつくるところまででも、取り組むとよいです。

なお、デジタルの情報共有としては、スケジュールやタスクといった、ファイルにするほどのことはないもののほうが、共有する頻度が高いと思います。こうした日常的な情報共有に関しては、グーグルカレンダーなどのサービスを活用してみてください。

会計もクラウドへ

バックオフィス業務の中でも経営の観点からデジタル化を進めるべきものの筆頭は、会計です。財務状況を高い精度でリアルタイムで確認できるようにすることは、経営判断の質を高めるために大きな役割を果たします。従来は仕訳や決算などの会計業務は手作業が多く、時間がかかるものでしたが、いまは違います。取引の入力や月次の確認に手間がかかっているなら、会計はクラウド化の候補です。

会計ソフトをクラウド化し、銀行口座やクレジットカードと連携すると、取引の入力や確認がしやすくなります。税理士や担当者と同じデータを見られるため、資料のやりとりも減ります。なにより、月次の損益を確認しやすくなります。

ここで大事なのは、会計を税務申告のためだけに使わないことです。

ページ1で説明したように、財務会計は税務や外部報告のための会計です。一方、管理会計では、経営者が判断しやすいように数字を分けて見ます。クラウド会計を導入しても、数字を財務会計のためにしか使っていないのであれば、効率化というメリットしか受けていません。効率化だけでなく、経営判断の高度化のため、管理会計のために活用してください。

そのためには多少の準備が必要です。とくに、部門などの分類の設定をしておくとよいです。管理会計の基本は数字を分類すること。クラウド会計ソフトで、たとえば品目ごととか販路ごとといったかたちで部門や補助科目を設けておけば、データをダウンロードして加工しなくとも、アプリ上で成績を評価できます。アプリによっては明細ごとにタグをつけることもできるので、商品×販路など、複数の切り口での集計も可能です。

でも、ホワイトボードのほうがいいこともある

さて、デジタル化を勧めてきましたが、デジタルが必ずしも最善の答えであるとは限りません。デジタルは確かに効率がよいですが、活用はどうしても端末に依存するため、画面の大きさなどの制約があります。場面によっては、ホワイトボードや紙のほうがよいこともあります。

たとえば、朝礼で今日の作業を確認するとき、全員が見られるホワイトボードは便利です。圃場ごとの作業状況の全体像を確認するには、パソコンの画面上で表示するよりは、紙に印刷したほうがよいかもしれません。圃場や出荷場で手袋をしたままスマートフォンを操作するのが現実的でないなら、紙のチェックシートのほうがよいです。

生成AIの技術革新によって、手書き文字などのアナログなデータでも簡単にデジタルに変換できるようになりました。すると、これまでは現場での仕事には多少非効率なのだけれど、データの蓄積などの目的でデジタルを使っていたような業務は、いま一度アナログに戻すほうが全体としても最適になるかもしれません。

試したことがなければ、ぜひ生成AIを使った文字認識をしてみてください。紙やホワイトボードを写真に写してChatGPT、Claude、Geminiなどの生成AIアプリにアップロードし、「この画像に書かれている文字を認識してテキストデータにしてください」と指示をするだけです。これで問題なくデジタル化ができるようなら、その業務をあえてデジタルで行う必要は薄いかもしれません。


無理に全部やる必要はない

上記の取り組みは高い効果が期待できるものなのでぜひ進めてほしいものばかりですが、これら以外にも、バックオフィスで改善できることはたくさんあります。自農園にとっては当たり前で効率がよいと思っていたやりかたでも、生成AIに尋ねてみると、たいていの業務について、より優れた方法を提案してくれるものです。

ただし、そのすべてを実行しようとすると、かえって非効率になってしまいます。改善にのめり込んでしまって本業に割く時間を減らしてしまったら、何のための改善か分かりません。バックオフィス業務改善の目的は、組織が本業により集中できるようにすることです。これを念頭に置いて、バックオフィスの改善自体を改善するためのポイントを考えていきましょう。

バックオフィス業務改善の本質は本業に集中すること

まず、改善の取り組み内容を具体的に想像しやすくするために、主なバックオフィス業務の困りごとと、その改善方法の例をリストアップします。ご自身に当てはまる課題があれば、それにどのように取り組むか、想像してみてください。

困っていること原因の例改善候補
事業管理や会計が非効率で不十分。そもそもデータをとっていない。管理や分析の方法が分からない。簿記・会計を学習する。
データはあるが視認性が悪い。分析・活用ができない。簡単なダッシュボードのテンプレートを用意する。事業計画・予算を作成する。
手書きや非効率な業務が多い。勤怠管理・給与計算・経費精算・請求等の業務がバラバラに実施されている。会計・労務等のアプリを導入する。
専門的な業務を自前で行おうとしている。専門家との接点がない。税理士、社労士等に相談する。
顧客対応に抜け漏れがある。顧客対応の履歴が記録・共有されていない。顧客関係管理(CRM)アプリを導入する。
顧客によって注文・連絡の方法が異なる。受注をメールや発注システムなどのデジタル手段に統一する。
顧客対応が属人化している。顧客リストを作成・共有する。
業務の抜け漏れがある。日々の業務が明確に共有されていない。ホワイトボードやタスク管理アプリを活用する。
最初の業務リストアップ時に漏れがある。昨年までの業務記録を確認する。業務記録をつける(作業記録アプリを導入する)。
担当者が明確になっていない。業務分担表を作成する。チェックシートを作成する。
労務に関して従業員から不満が出る。ルールが決まっていない。就業規則・賃金規程・旅費規程などの基本的な規程類を整備する。
ルールが社内で適切に共有されていない。規程類をクラウド上に置く。AIに規程類を参照させる。

これらの改善手法の中には実践するのに時間がかかるものもありますが、いずれも、実践すれば業務効率が高まりそうだとおもえませんか? 改善によってどのくらいの効果が生まれるのかは実際に改善に取り組まないと分からないものなので、最初の一歩は踏み出しづらいものです。しかし、だからといってやらないままでは、いつまでも非効率なやりかたをつづけることになってしまいます。

幸いなことに、デジタル活用による改善は、何かの分野で一度成功すれば、それによって社内にノウハウが蓄積され、次にどのような改善をするべきかを決めやすくなりますし、その改善を成功させやすくもなるでしょう。だから、最初の一歩こそ大変かもしれませんが、まずはとくに課題が大きいものを選んで、行動を起こしてみてください。

外注先と出会うためのプラットフォーム

ところで、バックオフィス業務は本業を補助するものですが、本業自体ではないので、そこに改善の努力を注いだからといって本業が改善する――よりターゲット像に近い顧客に出会ったり、より顧客のニーズを満たす商品を製造したりする――ことにはつながらないかもしれません。本業の強みにつながらないのであれば、その業務は外注するのも一手です。

たとえば会計は、経営の中でもとくに重要な分野ではありますが、税金の申告のように難易度が高く、ルールに従ってこなさなくてはならないので経営的な判断の余地が小さい業務もあります。こうした業務は、世間一般の企業がそうしているように、専門家である税理士に依頼するほうがよい場合がほとんどです。デザインは、とくにBtoCの事業を行ううえでは極めて重要で本質的なものですが、素人がプロと競争することは難しいので、相当のスキルをもつ人が社内にいなければ外注するべきです。このように、外注を検討したほうがいい業務は、会計、労務、デザイン、撮影、ウェブ、SNSなど多様な分野に渡ります。

外注というと、専門家や専門業者に依頼するものというイメージがあるかもしれません。しかし、昨今ではランサーズ、クラウドワークス、ココナラといったように、高いスキルをもったフリーランスの個人に依頼できるサービスがあります。直接の知り合いのほうが安心して仕事を依頼できるとは思いますが、ネットワーキングに時間がかかって結局外注できなければ仕方がありません。つてがなければ、こうしたサービスを一度試してみてはいかがでしょう。

バックオフィス業務の改善は、成果が表に現れにくい取り組みです。しかし、情報を集めて使うまでの流れが整うと、顧客開拓、生産性改善、組織開発の結果を確かめ、次の行動へつなげやすくなります。この流れは、次のページで扱う財務管理にもつながります。損益、収支、資金繰りは、日々の売上、費用、入出金などをもとに組み立てるからです。

最後に、1時間だけ使って、表をつくる簡単な演習を行ってみてください。まず、いまのバックオフィス業務を思いつく限り一番左の列に縦に並べて書き出してください。その横の2列で「何のために行っているのか」「なくすと困るか」といった前提条件の確認をしたうえで、次に「他のスタッフに任せられないか」「外注できないか」「デジタルにできないか」といった列を設けて、改善のアイディアを出します。自身の頭の中だけで考える必要はありません。仲間と相談しながら取り組んでもいいし、生成AIに質問してみてもいいでしょう。

バックオフィスは、経営の裏側にある仕事です。しかし、裏側で情報が滞ると、本業が進めにくくなります。顧客に価値を届け、利益を残し、組織として学び続けるために、まず判断に使う情報の流れを整えていきましょう。

次のページでは、ここまでの計画を数字で確認し、資金の流れを見通す財務管理を扱います。


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